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ご近所サマ

「ご近所サマ」あらすじ

ご近所サマあらすじ

                                         kinnjyo

「ご近所サマ」 あらすじ

* Novel 恋愛 ご近所づきあい 合コン 雀荘 不倫 ハッピーエンド 連載中 中篇[Edit]

作品のご案内

kinnjyo1

 やっと恋愛ができるんだと思ったのに
 またかよー!!(紗江、心の叫び)



 19歳の一人暮らしの短大生・杉山紗江は、
 ある日隣人宅に入った泥棒のせいで
 同じマンションフロアの住人らと思いもかけず親しくなることに。

 東京でのまさかのご近所つきあいに
 自分でも(マジで~?)とのんきに感心していたら、
 あれよあれよという間にドンドコ住人らと仲良くなっていく。

 頼んでない生きたカニの襲来や もっとお呼びでない料理教室を経て、
 いつしかその住人たちに三枚目とバカにされつつも
 恋をして勝手に泣いて、めまぐるしく駆け回るはめに。


 
 典型的三枚目の紗江と、口が悪いがへタレの横田(男)
 ドイツ人なのに紗江より大和撫子なハンナと
 何を考えてるか掴めないイケメン御厨の四人が織り成す
 トウキョウの、ご近所つきあい&ラブライフ。


kinnjyo2



『 あらすじ 』 より
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1 ドロボウ

1 ドロボウ

 「ご近所サマ」



ドロボウ








   1 ドロボウ



 それは、本当に唐突な始まりだった。

 風邪で短大を休んで一日死体のようにのびていた私は、
玄関のチャイムの音に起こされ朦朧とドアへ向かった。
仕方なくそのへんにあったハーフケットを上下グレーの色気のないスエット姿に巻きつけ、
チェーンは外さずに鍵だけを無言にて開けた。
 いつもだったら警戒し、大声で「ハイー?」とだけ言って用件を聞かなけりゃ開けない私だが、
なんせ具合が悪かったので無意識にそうしてしまっていたのだ。
もちろん寝起きでボーっとしていたし、ふわふわした厄介な天然の髪も無意識に数回手ぐしをしただけで
思いっきり油断していた。
だから、そのとたん目に飛び込んできた人物の姿に、余計に驚きで固まった。


「あの。 突然にすいません」


青ざめた隣人が、そこにいた。


 ここは都内のワンルームマンションの二階。

 一階がコンビニで、上にマンションが乗っている、よくあるタイプの
ありふれたピンクタイルのビルである。
駅前近くなのでマンションの前通りはそのまんま商店街で、
夕刻に近い今も、外は喧騒が耳に届くくらいいつも通り賑やかだった。

 隣人は、引越しの挨拶をされた半年前に見たきりあまり会わないだけの存在で、
だから余計になんで個別にうちを訪ねてきたのかサッパリ分からず、
私は目をこすりながらも多少アゼンとしていた。


「実は泥棒に入られたんですが、今日、なんか物音とか聞こえませんでした?」


 丁寧な言葉使いだったが、彼は見事に顔面蒼白だった。

若い男で多分社会人一年生くらいかな、と以前見当をつけていた彼は、
手ぶらでスーツのまま、木枯らしに吹かれて力の抜けたような呆然とした表情で立ち尽くしていた。

「えっ――――ドロボウ!?」

仰天のあまり思わずチェーンを荒く外し、バンとドアを開けていた。

 ドアを開くともう一人、背の高い男が腕組みをしながら煙草を吸って立っていた。
誰、と思わずひるんだ私に隣人のスーツマンが「あ、この人は逆隣さんです」と蒼白のまま説明した。

 そうだよ、ドロボウって話だったよね?
と私は慌てて、再度スーツマンに向き直った。


「今日ですか?マジですか! ちょっと―――――今日私、一日家にいたんですけど!」


都会は怖いと両親にこっちへの進学を渋られ続けてきた過去はあったが、
まさかこんな至近距離でそんな物騒なことが起こりうるだなんて。
未だに信じられず、被害者にその衝撃のまま、つい詰め寄ってしまっていた。


「ハハハ……やられちゃい、ました」

スーツマンの笑いは乾いていた。


コワー!とうろたえる私に、煙草男が吸い射しを持った手を軽くあげてきた。

「俺も在宅で仕事してるからほとんど部屋に居たんだけどね。 全然気がつかなかったんだよねえ」

スーツマンはスーツマンだけに、会社で外だったんだろう。
気の毒に、という同情と、眠っている間に真横にドロボウがッ
という恐怖とで、私も動揺しまくっていた。

「わっ、私も風邪で寝込んでましてっ。 すみません、寝てて物音に全然、気づきませんでしたっ!」

そう渾身で謝る私の前で、
「そうですか……………………」
とスーツマンは全身で萎れていた。
煙草男は、スーツマンを哀れむような目で見つめながら声をかけていた。

「横田さんさ、今帰ったばっかなんでしょ。 とりあえず警察に連絡したほうがいいんじゃないの?」

どうしていいか分からない私も、取り合えず首を縦に激しく振って同意をアピールする。
そうだよね、こういう時はまず、何をおいても通報だよね!
まだ茫然自失のままのスーツマン横田は、携帯を胸ポケットから出したはいいものの、
なぜだかそのまま硬直状態に陥っていた。
どうしたんだ、と二人でいぶかしげに見守る中、横田はのろのろと顔をあげてきた。

「あの、110番て何番でしたっけ」
「110だよ!」 
「合ってるよ、しっかりして」

二人で交互に励ます中、あっそうだったと横田は目をしばたき、その場で警察に電話をかけ始めた。
 うわー本当なんだと恐々と見上げること以外ほかに出来ず、
(要点がちゃんと伝えられるのかこの男)と心配になったが、そのまま見守った。

 煙草男は初対面だったが、在宅仕事とさっき言っていたようにスーツでなしにジーンズにTシャツ、
その上に黒いカーディガンを羽織った楽チンスタイルだった。
私のスエット上下よりはそれでもよそ行きに見えて、自分の格好を今更にして思い出し、
何だか気まずい気分になる。
まさか同じフロア住人とこうも長く話すことになるんだったら、せめて下くらいは
ジーンズにはき替えてから飛び出ればよかったと悔んだ。
煙草男は妙に小綺麗だし、スーツマン横田も顔色が一番に目がいくものの外出仕様でサマにはなっている。
ただ並んで住んでるというだけが共通点で、格好も容姿もおそらくは職種もてんでバラバラの私たちは
意図せずクソ寒い外廊下で一同に介していた。
ここにもう一人の住人が加わったら、二階住人コンプリートだ。

「具合悪いの?」

 明らかに寝てました全開ルックのせいでか、煙草男にそう聞かれうなずいた。

「風邪みたいなんですよー。 一日寝てたから熱は下がったみたいだけど」
「薬持ってる?なきゃ俺のとこにあるから、あげるけど」
「あ、ちゃんと葛根湯飲んでます。ありがとです」

なんだか妙な近所つきあいを会話で深めていたら、
横階段から同じ階に住む外人の女性が帰ってきたのに鉢合わせた。
さっき思っていた、二階住人コンプリートである。
いきなり狭い通路で大人三人が立ちふさがっていて、彼女はちょっと目を丸くしていた。

「あ、どもー」

煙草男の飄々とした挨拶に、ただでさえ大きい瞳が倍に見開かれた。

「な、ナニかありました?」

どこのお国の人なのか分からないが、銀髪に近いショートカットでキュートな彼女は、
それでも日本人にフレンドリーな性格のようでそう尋ねてきた。

煙草男と一緒になって詳細を説明すると「オーノー」と彼女は頭を抱えた後、
大慌てで自宅の鍵をまっしぐらにこじ開けていた。
あまりのそのガムシャラな突進に度肝を抜かれ、煙草男と思わず呆然と見守ってしまった。








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新連載です、どうぞ
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シキさま・五徳さま・takaoさま・三途へコメントの匿名希望さま
「裏トレマーズ」に拍手お返事を書きましたので、チラ見なさってください






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2 おそらくは共通の敵・発生による一致団結

1 ドロボウ

「えー……ど、どうしました?」
「ワタシ、パスポート取られてたら困りますッ! 確認しないト!」

そっか、大変ですねと思わずうなずいてしまう横で、彼女はつむじ風のように部屋に突入して消え去り、
しばらくしてから再び転がるように飛び出てきた。

「だ、大丈夫デシタ―――――」

運が良かったですねと煙草男に言われて、まだよろけつつも健気に「アリガトウ」と額の汗をふいていた。

 結局ド真ん中のスーツマン横田だけが被害にあったようだねと三人でヒソヒソ話していたら、
110番通報にギクシャクと取り組んでいた横田が携帯を切り、再度うなだれてきた。


「今から警察の人がくるそうです」


 (うわあ………)と思わず、ハーフケットを握りしめてしまった。

 私のところにも、<事情聴取>とかで来るんだろうか。

当惑と、初めて事件で会うことになるテレビドラマ以外での「刑事」を想像し、
熱がブリ返してきそうだった。
スーツマン横田はひたすら脱力していた。

「一回さ、部屋の中入ったんでしょ。 何が取られてた?」

煙草男が吸殻を自室から持ち出したらしい灰皿に押し付けて消す横で、
横田は自分の開け放した部屋を振り返り、しばし放心状態になった。

「………えーと………もう入った時には全てが土砂崩れにされてたのが
 一発で見えたんで、詳しくはまだ、確認していないっていうか………」

「そーか。 警察が来るまではもう、足を踏み込まないほうがいいだろうしね。 いくら部屋の住人でも」

サバサバとそう語る煙草男に、外人彼女が不思議そうに尋ねていた。

「あなた、慣れてるんですか? 経験がアルんですか?」
「まさか。 よく二時間ドラマとかであるでしょ、こういうの」
「あ、そうね! 黄色いテープみたいので囲むんですよね」
「いや、それ殺人事件の場合じゃない?」

 私のカン違いを丁寧に修正された後、三人でもう一度スーツマンをのぞきこんだ。
異口同音で心配する私たちだった。

「大丈夫?」

はい、と殊勝に返しながらも、動揺の未だ衰えない被害者横田は呆然と意識を飛ばしていた。
自宅に押し入られたのだ。
当然だろう。 気が遠くなるのも。
慌てて自分の部屋に駆け込んで戻り、ポットのお湯で大急ぎで
インスタントコーヒーを作ってきたのを手渡した。

「思いっきりブラックだけど」

ヒヨコ模様のマグカップを押し付けられ、あ、すいませんと謝る横田はようやくこちらに焦点が合った。
少しでも気つけ薬みたいなもんになればと焼いたお節介だったが、
横田はまるでレントゲン前のバリウムでも飲まされているかのような苦そうな表情に一瞬なった以外、
別段変化しなかった。


 しかし、何時入ったんだろう。


 警察が来るまで私たちは、てんでに今日の一日を語り合った。

 外人彼女は外国語教室の教師とかで、昼前から出かけていたそうだ。
「オーノー」とさっき言っていたので英語圏の国の人かと思ってたら、ドイツ人でドイツ語教師だった。
何カ国かで暮らしたことがあるそうで、バリバリのバイリンガルのようだが、
最初の勢いが去れば後はすっかり落ち着いて、控えめな笑顔の癒し系な人だった。

 私は風邪で朝からキュウキュウ状態の寝たきりだったし、
煙草男は午前にパチンコに出た後は仕事でずっとパソコンに向かっていたそうだ。
そしてスーツマンは、やっぱり誰よりも早朝から会社出社していた。


話し合ったところで、中々襲撃時刻は定まってこなかった。


「強いて言えば、昼前から午後の俺の帰った十二時までって事なんじゃ」
「えっ!? そんな短時間にドロボウって出来ちゃうの!?」
「待ってクダサイ。 そういえばワタシ、十一時半の電車に乗りマシタ」
「じゃあ駅からここ近いし、やっぱりその間の三十分が怪しいね」
「うそっ! そんな短時間に出来ちゃうもんですか!?」


勝手に捜査協力に乗り出す二名とそれを悲鳴でかき回す私の横で、横田は
「俺、その時間、ノンキに蒲焼丼食ってた……………」
と可哀相に、知らなかった間の己の行いまで悔いて頭を抱えていた。
その日は偶然に丑の日だった訳だし、そこは気にしないほうがいいですよと三人で慰めた。

 そうこうしているうちに刑事さんが二名到着し、横田と部屋へ入っていった。
生まれて初めて至近距離で見た刑事さんに私と外人彼女は釘付けになったが、
現実は強面のごく普通のオジサンだった。
まるでおじさん二名に連行される犯人みたいに、しょげたまま消えた横田を見送る私たちだった。

 これ以上外でやることもなかったが、何とはなしにまだ通路に私たち三人は残り、
横田の部屋を見つめたままでいた。

「また、なんか恐怖がブリ返してきた」

そう怖気に震える私に、外人彼女も賛同の溜息をもらしていた。

「日本の警察の優秀さを、切に祈りマス」

煙草男はヘビースモーカーなのか、横で何本目かの煙草を口のはじにくわえていた。

「いや、でも風邪の子、運がよかったよ。 入られて女の子一人だってわかったら、マジで危なかったかもよ。
 アジア圏発の窃盗団だと、開き直り殺傷とかあるみたいだしね。 今後もあるし、鍵を変えてもらえるように
 大家に掛け合ってみるよ」

鍵?

と二人で首をかしげると、説明してくれた。

「いくらなんでもここの鍵はイージーすぎ。 防犯対策で巷では精巧なのがドンドコ出てきてるってのに、
 ここのはずっと昔のまんまのなんだよ。 ちょっとピッキングできる奴なら十秒かからないで開けられるよ、
 こんなの」

恐ろしい発言に、女二人はうろたえまくった。
鍵?
考えたこともなかった。

「で、でも頼んだってすぐに変えてもらえる訳でもないんじゃないかな」

 私の部屋の据付のエアコンが壊れた時も交換に二ヶ月待たされたズサンさを思い出し、
ギャー鳥肌たったと腕をさすってうめいた。
そんな不安げな私たちに、煙草男は「まーね」とトドメを刺した。

「自己防衛用で市販品も色々あるけどね。 サムターンまわし対策のとか、外付けダブルロックとか
 ダミービデオとか。 でも俺たち、ここ礼金払って借りてるわけだろ。 そんくらいはやってもらわないとなあ」

ですよね、と深刻げにうなずきまくる女性陣だった。
外人彼女も心底怯えていた。 上手な日本語で「国に帰りたい」とうめいていた。
 煙草男は飄々とした仕草で、マンションの居並ぶドアたちを眺めていた。
この人はこの中で誰よりも落ち着いた性格らしく、どこか余裕だ。

「明日朝一で不動産に電話してみるよ。 遅いと困るって、どやしつけとくわ。
 もし遅れるんだったら一式向こうに防犯グッズを用意させて、そしたら俺と横田さんでつけてやるよ。
 時代に逆行してちゃいかんでしょ、大家連盟はさ」
「いいの?」

いーよいーよと笑う煙草男に、頼れる人だと安堵いっぱいになっていたら、
刑事さんが一人出てきて、こちらへ向かってきた。










応援、ありがとう
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3 〆はやっぱり自己紹介合戦

1 ドロボウ

「君達、この階の住人だよね?」


 じっ……………………


 事情聴取だ。


思わず拳に力の入る私であった。

 それから刑事は、スーツマン横田の最初の質問のように、
まず「物音を聞いた覚えは?」から始まった簡単な質問を数箇条続け、
どうもご満足いただけなかったようで溜息をつかれた。

「まずね、窃盗団の仕業だね。 こういう集団に目をつけられた物件は、
 シラミ潰しにやられる可能性があるから注意してください」

思わず寒気を覚え、刑事のおじさんに食いつかずにはいられない。

「でも、ここ繁華街ですよ? なんでこんな通りに面した、気づかれやすいとこを襲うんですか?
 人目が常にあるじゃないですか」

おじさんデカは、渋い表情でうなずいた。

「かえってそういう物件のほうがやられやすいんですよ。 通行人に紛れて、住人の生活パターンを
 観察できるでしょ。 住宅街よりも実際は、こういう集合住宅のほうが襲われやすいんですよ。
 こういうところは近所のつきあいも淡白で、目もいき届きませんしね」

そんなバカな。
そんなことを言ったら、都内のマンションのほとんどが当てはまっちゃうじゃないか!
さんざん脅かして帰っていくデカを、呆然と見送る私であった。


 ドアを閉めに出てきたらしい横田は、まだ私たちが通路にいた事にちょっと驚いていた。
当惑げに口ごもり、本当に疲れ切った様子で三人を見回してくる姿が哀れだった。

「今日は本当にすいません。 なんか、ご迷惑かけちゃって……」

そう言って頭を下げる横田に、全員で盛大に横手を振った。

「謝らないでよ、横田さんが悪いんじゃないじゃん」
「そうだよ。 どう。 部屋で眠れそ?」

 確かに開かれたドアの向こうには、倒れたスチール棚や私物が乱雑にバラ撒かれている。
その激しい被害状況に、外人彼女の悲鳴があがった。

「ソレ片付けるの、あなたなんデスカ?」

なんか、そうみたいっすね……と災難横田はうなだれていた。
仕事で疲れて帰宅し、さらに疲れる事態に遭遇した横田は苦笑いしか浮かべられないようだった。
煙草男はあごに手をやって、何やら思案していた。

「ちょっと見ても平気?」

 いっすよと力なく言いながら横田がドアの方向へ向かったので、
私たち三人も玄関に足を踏み込み、中を観察させてもらった。
うわー、といううめき声のあがる中、玄関が極狭なので全員で押し合いへし合いした。

「ヒドーイデース!」
「なんで? なんで全部なぎ倒していかなきゃなんないの? ひどくない!?」

あまりにも無残な室内に、困惑の声しかでなかった。

 うちと全く同じつくりの七畳のワンルームには、まともに立っているものは皆無だった。
転倒、破裂、破壊、雪崩れ。
足の踏み場もないとはまさにこの事で、クローゼットも開きっぱなしで同じくかき出されていた。
こんな大事になっていながら物音一つ聞かなかったのか私は、と衝撃で言葉を失った。
いくら熱の上に薬の副作用で睡眠ドまっしぐらだったとはいえ、ヤバイでしょ幾らなんでも。
私の危機管理能力ってどうなんだ。

 煙草男はうなだれる横田に視線を投げかけ、躊躇なく話しかけていた。

「ダメそうだったら、俺んとこに一泊してもいいよ。 今日は友達も来てないしさ。
 まあ、寝床が作れなさそうだったら遠慮せずに声かけて」

本当にすいませんと煙草男に頭を下げ、私にも「おいしかったです」と嘘をこき、マグカップを返してきた。
それを受け取りながら、思わず声をかけていた。

「ね。 今、話してたんだけど」

 鍵の話をし、逆に横田が刑事に言われた事を教えてもらったり、
保険に入っていないので丸損だという悲話に三人で同情したりと、
四人で寒空の渡り廊下で腕組みして話し合った。
今後は物音に注意したり、長く留守にする時は一声かけ合おうと
様々な提案があがった。
刑事さんの言った「こういうところは近所のつきあいも淡白で、目がいき届かないから」
発言を逆手にとった、体質改善ならぬ「淡白改善」だ。
私たちって素直だ。
その晩から、近所の連中間での「防犯連携プレー新関係」がスタートしたのである。

刑事が言う事が本当なんだとしたら、次は私たちなのである。

だが横田は、

「一回入られたから大丈夫って事じゃなくて、二度目って事もあるって、言われました…………」

と泣きッ面にハチな発言をされたとかで、結構な時間を一緒に立ち話していた。
竜巻が落ちたような部屋へ戻るのが嫌で、逃避していたのかもしれない。

 最後に、煙草男がニヤッと笑ってうなずいた。

「ま、これからよろしくな。 あ、俺んとこ表札出してないんだけど、御厨(ミクリヤ)っていうの。
 在宅で仕事してるから、何かあったらいつでも声かけて」

私も慌てて口を挟んだ。

「私、まだ短大の学生なんですけど杉山っていいます。 バイトしてるんで留守も多いですが、夜はほぼ居ますっ」

「ワタシはハンナ・グロタンディークです。 ハンナでいいデス」

「俺、横田です。 ホントすいません」


 とりあえず不動産への鍵交換の依頼は御厨さんがやってくれる事で落ち着き、
「片付けを手伝おうか」と三人申し出たが横田から慌てふためいて壮絶に遠慮され、
じゃあまたねと解散した。
しなかったが、拍手締めでもしているかのような「決起」の色を湛えた解散であった。


 こうしてその晩は、二階四世帯の住人がいっぺんに顔と名前の一致した
画期的一日となったのであった。



                                 <つづく>


誰もときめかないまま一話終了
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2月2日に拍手コメントをいただいた「わーい新連載だ^^」さまへ。
裏トレマーズに御礼&謝罪文をご用意いたしましたので
是非どうぞお立ち寄りください。




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4 近所づきあい

2 近所づきあい

ずっと食べてないなマカロン




   2 近所づきあい



 その日を境に、その後私たちは同じマンションの住人ってだけの縁を越えて、
挨拶をし親しく会話をする仲になっていった。
同じ恐怖に晒されたという強い刺激で、一蓮托生という連帯感意識が芽生えたのだろうか。
今まで顔もほとんど知らなかったのが嘘のように、
結構な頻度で顔を合わせるようになっていったのであった。

「あっ。どうもー」

 雨が降りだしてきた通りを大急ぎで傘なしでマンションまで走って帰ってきた私は、
一階のコンビニ内の雑誌コーナーに御厨を見つけて、中へ入り元気に声をかけていた。
 おっという感じに振り返ってきた御厨は、すっかり馴染みになりつつある
おかしそうな笑みを浮かべて見下ろしてきた。

「何、傘持っていかなかったの今日。 天気予報で雨になるって言ってただろ」
「だってバッグに入らないんだもん」

 今日は服に合わせてミニすぎるバッグだったので、
折りたたみ傘を入れるスペースがなかったのである。
短大は華やかな子が多いので、毎日の服にも気が抜けない。
全身のバランスを毎朝全身鏡でチェックして、「よっしゃ」
と合格点がでてから飛び出すというのが日課だった。
いくら部屋では「楽チンが一番だよ」とスエット愛好者の私だって、
そりゃあ年頃なわけだし、予算が許す範囲でだけど可愛い格好とかをするのはやっぱり楽しい。

 中学高校時代と、チビなのを解消しようという期待で入ったはずのバスケにはまって
青春の全てをバカみたいに費やしてしまった私としては、初めての女子色ライフなのだ。

自己満足でニマニマしてるだけだけど、楽しいからいいのだ。

 御厨はニヤニヤといつものように笑っていた。

「大変だね、女の子ってのは。 あー、俺男でよかった」
「何を買いに来たんですか? 御厨さんがコンビニって珍しいなあ」
「んー、これこれ。テレビガイド」

 御厨はいつも飄々としてマイペースだ。
あれから一番顔を合わすようになったのは在宅ワーカー御厨だったが、
私はなんとなくこのいつも愉快そうな男が気に入っていた。
釣り目の眼差しをしたこの結構イケメンのご近所さんは、しょっちゅう人が出入りする人気者だった。
あれから部屋へ男友達が押しかけている場面によく鉢合わせ、
「よーす」
「あ、どもー」
と挨拶しあう私たちは、よく「何だ何だ」「女子大生?」と面白そうにのぞかれた。
誰も「紹介してくれよ」と言わないのには妙な引っかかりを覚えるものの、そこは流していた。

 鍵の交換はというと、即座にあの三日後に執り行われた。
業者がやってきたその日は土曜日だったので全員在宅で、二階の住人は再び廊下で顔を合わせたのだった。

「けっこう素早かったね」

安堵に喜んで話しかける私に、皆も「ね~」と笑っていた。
御厨が宣言通り、電話をかけてくれたおかげだ。

「ミクリヤさん、ありがとーデス」

私とハンナさんのお礼を、御厨はまた煙草を吸いながらハハハと流していた。

 横田もその日は、スーツではなしに私服で廊下に出てきていた。
あの日は蒼白な顔と部屋の印象が強く、全然他にはインパクトがなかったのだが、
顔色が普通でさえあれば割といい線いってる男だったのが分かった。
つくづく初対面の印象ってのは大きいものだと思う。 今更遅いって感じだ。

「こないだは、ども。 おかげで被害総額も大体わかりましたよ」

えっ幾らだったのと思わず身を乗り出して聞くと、ちょっと恥ずかしそうだったが「三万っす」と答えてきた。

「エッ、あんなにやられといて三万円?」

思わずハンナさんが驚愕する横で、たまらなそうに御厨は笑いをこらえていた。

「そっか。 家にあんま置いてなかったんだ。 そんで、怒り狂われたわけね」
「えー、そんなのってアリなの? 置いてないとひどい荒らされ方をしちゃうわけ? ひどくない!?」

私は激しく動揺していた。
そんなんだったら、私の部屋なんかもっとアリ金は少ない。
うちが被害に遭っていたら部屋ごと壊されかねなかったかもと戦慄した。
 ホント何が災難になるか分かんないよねと、横田も苦笑いしながら頭をかいていた。


 あの日のほのぼのしたやり取りを回想していたら、横から頭をこづかれた。

「そんなに濡れてるとまた風邪引くよ。 早く戻って着替えれば」

はーいと答えてたら、言われた拍子に思い出したかのようにゾクゾクッと寒気に震えてしまった。
ホラみろという顔で、御厨は溜息をついていた。

「いっくらカッコ重視でもさ。 体調管理くらいはちゃんとしなよ?」
「降り始めは大したことないと思ったんだよ」

と言い訳しながら何となく並んで階段を登っていたら、声に気づいたのか横田がドアを開けてきた。


「御厨さん、杉山さん。 助けてください」


 また顔面蒼白であった。


 久しぶりの青い顔に思わず二人で目が点になり、どうしたと近寄っていくと、
横田宅のドアの内側、玄関のたたきにドデカイ白い発砲スチロールの箱が置かれていた。
 横田はそれを困惑した面持ちで見下ろしていた。
 まるで爆弾にでも怯えるかのようなその表情に、こっちも思わず息を呑んでしまう。

 何なんだ、こうも社会人を脅かすこの箱の正体は。
 ただのクール宅急便に見えるが、違うのか。


「こないだの空き巣騒ぎの時に近所に迷惑かけたって実家に言ったら、こんなもん送ってよこされたんすよ。
 俺が調理してお礼にお裾分けしろって手紙ついてたんすけど、無理――――――――」


マジで無理、と青ざめる横田に怪訝な顔をしていた私たちだったが、御厨が発砲スチロールの前にしゃがんだ。

「つまりこれをさばけばいい訳でしょ。 ていうか、これは何なの」

「蟹です」

カニ?

と思わず頬の緩んだ私は、それからすぐに妙な音に気づき、辺りを狼狽し見回した。


「な、なんかゴリゴリした音が聞こえない? まるで地響きのするような、不安にさせてくるような………」


それから、三人で再び発砲スチロールを見下ろした。
今にして気づいたが、箱は微妙に揺れていた。


「いっ! 生きてるの!?」


思わず仰天し後ずさる私に、面目ないといった暗い表情で横田はうなずいていた。

「俺、地元、北海道なんで」

すいませんと謝られ、自炊がド下手な私は、自分だって無理だー!と思わず逃げ腰でうめき声をあげた。
 そんな怯える私たちへ、御厨はしゃがんだままコラコラと苦笑していた。

「せっかくの豪勢なお礼にそれはないだろ。 最高の贅沢じゃん」

だって、とひるみっぱなしの私たちを呆れたように見上げていたが、膝を伸ばして立ち上がってきた。
 そのとたん、横田のまっすぐな視線を感じうろたえた。

 いやな予感がする。

この場にいるただ一人の女として、どこか横田の期待した熱い目線が
横から突き刺さってくる感触がするのは気のせいか。

待ってよ。
女だからって、なんでも出来るって思い込んだその眼差しはやめてよ。
そんなスキルを私に求めないでくれよ!

私は狼狽しまくって後退しながら、首を振りまくった。 主に横田に向かってだ。

「いや、マジで私もだめだから! 柳川鍋だって怖くて食べれないんだよ? 無理無理無理、
 生きてるカニの処置だなんて!」
「柳川?」

は?と怪訝な横田へ、御厨が解説していた。

「ホラ、あるじゃん。鍋に豆腐入れて、そこに生きたドジョウ入れて、沸騰させると熱から逃げたくて
 ドジョウが全部豆腐に突っ込んでくってヤツ。 まあ、実際はちゃんと死んでるドジョウを使って作るのが
 ほとんどだけどね」

横田も、思いっきり退いた。 三歩くらいは後ずさってたかもしれない。

「えー! それ俺もマジ無理! 在り得ない。俺、お袋がシジミとか生きたの突っ込んだ味噌汁もこえーのに!」

 







不定期更新になってしまい
 申し訳ありませんです

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                            小田切

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5 役立たず自慢大会

2 近所づきあい

 もうそこからは必死に「だから俺は完全に無理だから」「なんの私だって負けませんよ」と
いかに自分らがこの件に対し役立たずかを主張し合う私と横田だった。
「ここで引いたらカニをオンブされる」という恐怖心から、
二人とももう馬鹿みたいにムキになって、自分を卑下しまくっていた。
 
 そんな顔面引きつる見苦しい私たちをポカンと眺めていた御厨だったが、キリがないと呆れたのか
自ら軽く挙手をしてきた。

「じゃ、俺がやろうか?」

一瞬、同じように驚く横田と目が合い、それから喜色満面に御厨に飛びついた。

「わー、いいの!?」
「頼んます! 一生恩に着ます!」

大袈裟な、と笑いながら、気を取り直したようにサラッサラの髪に手をつっこんで
それを梳きながら背中を伸ばす御厨だった。
頼もしすぎて、後光が射してみえた。 釣り目すらも気高く見える。

「デカイ鍋がいるな。 俺んとこで茹でようか? 杉山さん、ハンナさん呼んできてよ」
「あっ、ハイ!」

 逃げられる口実をゲットとばかりに私は一目散にハンナさんちへ向かい、
おっとりと出迎えてくれたエプロン姿のハンナさんに、安堵からくる満面の笑みで迫った。
「まだ、ごはん食べてませんよね?」
事情を説明して招待すると、困惑した顔でうなずいてきた。
彼女も、生きた蟹という事実に多少怯えていた。


 二人でよろよろ横田宅に向かうと、横田の玄関にはもう箱はなく、
御厨がすでに持ち帰ったようだった。
頼もしい男が二階に一人いたことを、心から祝福した。

「すぐおいでって言われたんだけど」

残留していた横田にそう言われ、いいのかなという遠慮がちな気分で、
開いていた御厨宅の玄関ドアから三名でそーっとのぞきこんだ。


 狭いワンルームなので一挙に見通しのきく室内の中、極小キッチンの横にシェルフを配置した場所で、
御厨はガスコンロを点火しているところだった。
ついでに煙草にも点火していたが、私たちに気づくと上がってと合図され、
三人でもつれこむように御邪魔した。

 すっきりした室内だった。
 仕事用らしいデスクの上にパソコンや資料らしき束が置かれ、
あとは中央にコタツがデンとあるだけでほとんど家具らしきものはない。
布団派なんだ、と自分の部屋のほとんどをしめるベッドを思い出し感心していた。
ここのクローゼットはワンルームにしては広めなのだが、そこにほとんど雑多なものをしまっているらしい。
ハンナさんも横で「スッキリしてマスネー」と呟いていた。
同じ男の部屋でも先日の被災地みたいな横田の部屋を見た後だっただけに、余計にそう感じたのかもしれない。

 挙動不審な三名に気づいた御厨は、振り返りざまに笑った。

「コタツに入っててよ。 あ、横田さん、発砲スチロール開けてくれる?
 でも注意して。 多分逃げるから」

ゾワッとするようなセリフをあっさり吐かれ、横田はうめきながら
ビッチリ巻かれたテープを怖々と引き剥がし始めた。
決死隊のようなその足取りを追いながら、
私とハンナさんはご開帳を恐々遠巻きに眺めていた。
自分が指名されなかったことが、本気で嬉しかった。


逃げるって、ちょっと…………。

怖いってば。


「生きてる姿を見たら、私食べられるかな」

 思わず心中ダダ漏れに呟いてしまい、御厨に噴き出された。

「普段食べてるもんだって、元は生きてるものじゃん。 感謝して美味しく食べるのが通よ」

 そうだ、この人は蟹を茹でて殺生してくれるんだ。
そう思うと、このメンバー内にこういう勇気のある人がいてよかったと胸を撫で下ろす私だった。

 そんな時、うわっと横田がわめき、全員の注意が瞬時にそちらへ走る。
気をつけろと言われていたのに腰引け横田は油断したらしく、
蟹にフタを押し上げられていて、そこからハサミをウゴウゴとのぞかせているのが
目に飛び込んできてしまった。



「ギャー!」



思わず叫んだ私たち女性陣に負けるとも劣らず、横田は腰を抜かしかけていた。

 なぜ横田の親は、自分ちの息子にはカニに太刀打ちできるスペックはないと知っていたはずなのに
よりによってこんなチョイスをしたのだろうか。
生きたカニにも負けず、立ち向かえる男になってほしいという親心だったのだろうか。
だがその願いもむなしく、横田は可哀相に先日の泥棒に引き続き
その礼の品でまで恥を上塗り、情けなさ炸裂だ。


「バカ、まだ蓋押さえてろ」


御厨の指示が飛んだが、誰も動こうとはしない。


動けるものか。
コワイ。


 あーもう、と舌打ちまじりに御厨が横田の脇に並んだ。

「こんな新鮮なもん、そうそう食えないぞ。 感謝して蓋をちょっと押さえとけよ」
「えっ、マジで無理。 つか、なんでコイツラこんなに茶色いの」
「あのさ…………オガクズにまみれてんのもあるけど、蟹ってゆーのは茹でない限り、こんな色なの。
 アンタ道民でしょ?」
「生きてんのは超無理」

呆れすぎたか無言で横田を見つめる御厨だった。

 背後のコタツで私とハンナさんは、どっちかっていうと激しく横田寄りな気分一杯に
思わず怯えのあまり、お互いの体に擦り寄っていた。

「横田さんを責めないで!」
「ワタシたちも気持ち同じデス」

声援を送る私たちにも、横目で脱力する御厨だった。


 ああ、もーしょうがないなーというように立ち上がり、クローゼットからブ厚い電話帖を持ってくると
それで蓋に重しをして、役立たずな面々にテキパキと指示を飛ばした。

横で呆然としそれを眺めている横田は、最初っからそうしてくれればいいじゃんかという
複雑そうな表情をしていた。

「じゃ横田さん、下のコンビニでビールとか飲み物買ってきてくれる?
 割り勘にするからレシート貰ってきてね。 ハンナさん、悪いけど野菜持っていって
 サラダ用に切ってきてもらえる? ドレッシングは俺が作るから。 
 ハイ、じゃ行ってらっしゃい」


 二人とも、大喜びで殺戮現場から逃れて行った。 ずるい。


 だが、まだ私が一人残されている。

 動揺しながら御厨を見上げると、真顔にてようやく指示が下された。

「アンタはまず着替えてきなさい。 つか、風邪引くっつったでしょうが。
 それから頭もドライヤーしてくること。 ホラ行った行った」

 完全にあしらわれている感が絶大だったが、その眼差しは笑っていたのでちょっとドキッとして、
不本意にも感動してしまっていた。

煙草を煙突のように噴かし過ぎだから、人としてちょっとなあと思っていたけれど、
なんか、この人ちょっと、優しいのかも…………。

 そんな乙女風にじんわりしていた私は、
ベシ!
と、どこから出てきたのかわからない団扇で次の瞬間
頭頂部をはたかれていた。


「ボンヤリしてないで、さっさと行く」


 感動も吹っ飛び、恨み顔で叩かれた頭を抑えつつ、自室へと駆け出していく私だった。






                                    <つづく>



料理ダメ人間どもは、こういう席では必ず
己が使えない人間だとアピール三昧が常

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わかばサマ、コチラにお返事ございますので
チラ見なさってくださいまし。


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6 カニ三昧の余波

3 カニ三昧の余波

カニ鍋の素材、ない―――――



   3 カニ三昧の余波





 カニを、今まさに煙草男もとい御厨が茹でている時間内には戻りたくなくて、
着替えから髪を乾かすまでを非常にゆっくりスローモーに時間をかける私であった。

あんまりに早く戻ってあの元気な蟹が、ぐらつく熱湯風呂に入れられギョエーと
断末魔の悲鳴をあげて死んでいくのを見るのがたまらなく怖かった。

いや、蟹って声をあげるんだろうか。
あげるとしたらキューとかだろうか。
今までの人生に蟹の鳴き声の知識が必要だった時代がなかったのでサッパリだったが、
ともかくそんな場面にその場に居たくない。
それだけは頑として思った。

 もうこれ以上時間は引き延ばせないと観念し、部屋のドアを開けたところ、
どうも同じような意図でもってグズグズと用事を引き伸ばしてきたらしい横田とハンナさんに
通路でバッタリと顔を見合わせた。
御厨宅の玄関ドアの前で躊躇して、手荷物を持ちながら渋い顔をしている二人に思わず笑った。


「もう……済みましたでショウカ」
「鍋でかかったけど、蟹もでかかったしなあ。 一度に二匹だとしても、まだ第二弾中くらいだったりして」
「横田さんちの蟹じゃないの」
「俺が頼んだわけじゃねえもん」


コソコソとドアの前でなおも往生際悪く先延ばしにしていたら、ドアがいきなり内側から開き、
三人ともビクッと立ちすくんだ。
ドアを開けたのはもちろん御厨で、半笑いの顔をしていた。


「あのさあ。 そんなとこで長い時間立ち話して、風邪引いたらどうすんだよ。
 雨が降りこんでるじゃないか、ホラ」


おいでと言われても、動揺を隠せない私たちであった。
どうも筒抜けだったらしい。
よく考えれば御厨一人に全てを押し付けて私たちは薄情もいいところだったが、
なんにせよ殺戮には慣れていないのだ。

「もう死にましたか」

そう怯えて尋ねると、爆笑していた。

「飼い犬を茹でてるわけじゃないんだから、そんなセリフはくなよ」

いや、生前の姿を見ていると同じようなものなのだ。
だがあの蠢く生命体を見ても食べ物にしか見えなかったらしい御厨は、
大笑いしながらサッサと中へ戻って行ってしまった。

三人で目をのろのろと見合わせ、仕方なくのそのそと部屋へ再度お邪魔したのであった。

 キッチンから視線をそらし続ける私たちを、御厨は本当に面白がっているようだった。
横田持参のビニール袋から飲み物を受け取り冷蔵庫へ移しながら、
ハンナさんの持ってきたサラダを見て誉めていた。
一人だけ何の役にも立たない用で席を外していた私だけが、手持ち無沙汰にコタツに座っていた。

「時間あったから鍋も作ったよ。 杉山さん、ちょっと手伝ってくれる」

そう言われると断れず、恐怖のキッチンコーナーへ寄っていくと小皿や箸を渡された。

「鍋敷き、中央に置いて」

下ばっかりを見ながらうなずいて、指示にしたがって準備をする私を
横田とハンナはコタツに座りながら眺めていた。

「あれ? いつ着替えたんすか」
「皆が買い物とかに行ってる間に」
「杉山さんて、外出着と部屋着の差がすごいですね」
「ほっとけ」

今日もスエット上下の私に茶々をいれられてムッとしていると、ハンナさんがちょっと笑っていた。
彼女はいつでもどこでも綺麗な格好をしている。
ずっとこんな風に話すようになるまで、流行を追っているわけじゃないのにスッキリとセンスよく見える彼女を
さすが海外産と思って眺めてきた私は、ちょっと自分の部屋着姿を後悔した。

「いーじゃんスエット、楽だし俺も好き」

そう言いながら御厨が鍋を運んできたので、三人でギョッとして硬直した。

ただの水炊き鍋で蟹がどこにも入ってないのを確認し、そんな過剰反応をした自分たちが恥ずかしく、
変な顔でそんなお互いを笑いあった。
間抜けすぎる。

「せっかくの新鮮素材だから、そのまんま食べたほうがいいだろ」

 次には姿そのままの蟹が大皿でやってきて、今度こそ三名全員が無言となった。

だが、さっきまでの動きはもうなく、普通に赤くなった大カニに、ちょっと緊張がとけた。
一人カニが一つの計算らしいが、食べる自信がなかった。
大きすぎる。
更に、動いて横田を威嚇していたのを見てしまったから、今までこいつは生きていたと思うと
まずます自信がなくなっていた。

「じゃ、飲もっか。 横田さんの親に感謝、カンパーイ」

 普通に飲み会が始まり、微妙にカニから視線をそらしながら鍋とサラダばっかりをつまみつつ、
冷えた美味しい缶チューハイを喉に流し込んだ。

「んまーい」

歓声をあげる私に、へえ飲める口じゃんとドンドン新しい缶が用意された。
鍋の食べ方が分からず私をのぞきこんでいたハンナさんに御厨が説明をしている横で、
横田と目が合い、何となく話し始めた。

「なんか、流れですごい珍しい光景になっちゃったような………」
「あ、うん、私もそう思ってた。 まさか一緒に宴会する日がくるなんてねえ」

ただ単純に、同じマンションの同フロアの住人だってだけの関係だ。
アルコールが入って四人とも適度にリラックスし、あったかい雰囲気の中にいるのが不思議で、
ちょっと笑ってしまった。

 ごめんと急に頭を下げられたので、笑いながら何よと言うと、照れくさそうに指で頬をさすっていた。

「なんか俺、ずっといいとこナシじゃん。 もうちょっとは会社とかではテキパキできてんだけどさあ…。
 最初が泥棒騒ぎだろ、今度はカニでビビリまくりだったし。 なんか俺、自分が情けない」







「そうですね」BY紗江
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7 小さな親切大きなお世話

3 カニ三昧の余波

へこんでいる模様の横田の肩をバシンと叩くと、イッテーとよろけていた。
私もちょっと酔ってきているらしい。

「そんなのお互い様だって。 私だってビビリまくりだったし、泥棒が悪いんで
 横田さんが悪いわけじゃないじゃん。 気にすんな」
「お、おう」

思わず声援を送った私と乾杯して、横田は苦しそうにネクタイを緩めていた。
そういや会社帰りのままだったスーツ姿の横田に、プッと笑った。

「横田さんもさあ、着替えてくれば。 楽だよ、シワになっちゃうよ」
「あ、うん。 ちょっと抜けてきていい?」

立ち上がって着替えてきまーすと告げる横田に、全員で
「いってらっしゃい」「逃げんなよ」と笑って見送った。


 そこでコタツテーブル上を見回していた御厨が、オイと声をあげてきた。

「全然カニに手つけてないじゃないか。 なんのために貰ったんだと思ってんの」

「そ、そうは言っても~…」

思わずしどろもどろになる私とハンナさんに、呆れたように溜息をついて御厨が頬杖をついた。

「まあ、くれた張本人もビビっててまだ手付かずだけどさ。 気を遣って送ってくれた親を思うと、
 やっぱり複雑だと思うけど? 横田さんが可哀相じゃん。 いいから食べてみ。 せっかくハサミで
 食べ易いように切ってやったんだからさ」
「うん」

 そういえばそうだよな、とちょっと反省し、でかいカニの足をおそるおそる手にとった。
本当に切れ目が全部に入っていて、こっちがちょっとほじくればいいだけになっている。
御厨のそんな心遣いに驚き、そして慌てた。

「すごーい、全部切ってある! 御厨さん、すごいよ。 仕事、シェフかなんか?」

在宅ワーカーだって言ってんじゃん、と笑われた。
でも、自炊ですらままならない私からしたら、本当にすごいなあと感嘆の溜息しか出てこなかった。

「あ。 おいし」

口にいれたカニは結構な食べ応えがあり、なんだかとても甘かった。
だろーとそんな私たちに、調理人はニカッと笑って頬杖をついていた。

「鮮度すげーもん。 本当はさっと火であぶって食べたかったけど、材料が猛反撃してきたからさ。
 今回はまあ、茹でたんで我慢な。 俺、結構こういうの作るの好きなんだよね。 まあ趣味の範疇でしかないけど」

趣味でこんなに、とサラダのドレッシングにも舌鼓を打っていた私は尊敬の念に打たれていた。

「すごーい。 私、自炊なんか全然してない」


 夢中になってカニ足をほおばる私に、なぜかハンナさんと御厨の眉がぴくっと上がっていた。

 な、何と驚くと、二人がかりで説教をくらった。


「じゃあ、いつも何を食べてるデスか?」
「え?……学校帰りに友達と食べてくるか、家ではコンビニ弁当とか、食パン……」
「なんちゅう不経済な。 自炊すりゃあ、月二万で豪勢なのに」
「ワタシは月一万ですよ。 お弁当も持っていってマスですよ」
「すげー、ハンナさん。 杉山さんもせっかくなんだから、しなよ自炊」
「ソウデス、ソウデス」


目が回る気持ちで、身を乗り出してきてる二人を交互に見つめた。
この展開は実に美味しくなかった。


「わっ、私、でも、本当にやったことないから全然出来ないよ。 実家でも台所に立ったことないし」
「簡単だって。 な?」
「ソウデスよ、カバでもできます」

 できないだろカバじゃ、と横に目線をそらして誤魔化し笑いで乗り切ろうとしたが、
酔ってるのか根っからお節介焼きなのか、二人は相当にしつこかった。

「じゃあ教えてあげるよ、杉山さんが毎日構えずに作れるくらい、簡単でおいしいレシピ」
「わあ、ワタシも参加したいデス。 ワタシも向こうの煮込みなら教えられマス」

オッいいねーとガッチリ握手してる二人から逃れたい一心で
カニを咀嚼しまくっていたら、そこにノンキに横田が戻ってきた。

「あ、ねえ。 横田さんは自炊どーしてんの?」

 御厨の声がけにギョッとして横田を見上げたが、話の路線が変更していたことを知らない横田は
素でバカ正直に答えていた。

「やー全然。 外食か店屋物の出前か、下のコンビニ買いです」

わあ駄目そんなのと叱られて、「えっ、何? 何すか?」と戸惑いまくりの横田が不憫だった。

 どうせ飲み会の勢いで言っただけで、翌日になったら忘れてるだろうと思っていたが、
翌日にドアチャイムが鳴り、ハンナさんが訪ねてきたのには目が点になった。



「今日は野菜スープデス」



 



 マジですかーーーーーッ!







 恐怖のカニ到来に続き、料理学校パニックがやってきた。
私は交互にやってくる二人に眩暈を覚えた。
 朝、学校に行くためマンションを出たのを上から呼ばれて、ふっと見上げると
洗濯を干していた御厨が、笑って見下ろしていた。

「明日は横田さんと一緒に、四時にうちねー」

「行かないかもしれませんよッ!」

拳を振り上げて文句を言うと、大笑いしていた。

正直、アリガタ迷惑です!






                                     <つづく>



まだ全然恋愛モードに
ならず申し訳ありません

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8 調理教室の余波

4 調理教室の余波

腹減った




   4 調理教室の余波




 私は都内某短大の一年生で、
短大生をやったことがある人ならわかると思うけど、結構忙しい。
 なんでかというと大学と違ってカリキュラムを二年間にギュッと凝縮しているからであって、
私みたいに資格を取る目的で入った場合だと、正規の授業のほかにその選択授業の分も
コマが増えるわけだからだ。

 同じ国文科の子たちは、近くの大学やその周辺でサークルやコンパに参加しまくっているので
違う方向で忙しいが、私の場合は単位が多くて忙しいのだった。

「たまにはさー、紗江も合コン来てよ。 メンツ足りないのよう~、タダでいいから」

 たまに泣きつかれてタダの時限定で参加することもあるが、
どっちかというと仕送りとバイト給料日前のご飯のために参加していて、
「よく食べるねー……」
と毎度男の子に引かれていた。

 彼氏がいたらいいなあとは思うものの、いいなと思うとアッというまに他の子にさらわれの連続で、
東京に来てからは誰ともまだつきあっていないのであった。
せっかくの一人暮らしなのだが、自由だけはたらふくある。

 だからといって、その自由を料理教室には割きたくはない。


「私は本来、作ってくれたものを美味しく食べるのが好きなんですッ」


 そう主張を繰り出す私を、痛いものを見る目つきで御厨は見下ろしていた。
横田も隣で、うんうんと便乗し首を振っていた。

 土曜なのに料理教室が開催されていた。
ハンナさんは外国語教室の仕事があるとかで、今日は来ていない。

「別に一生教えるわけじゃないし。 十品くらい覚えれば自分でアレンジもできるだろうし、
 俺だって嫌がるのを無理矢理になんて思ってないよ。 でもさ、杉山さんだって彼氏ができたら、
 手料理とか作ってやりたくなる事とかもあるでしょ。 そんな時になって、トーストだけ出せる?」

 いつのようにアッサリそう言い含めてくる動じない御厨に、グウの音もでず黙り込んだ。
横田が、そうだよなといきなり御厨に賛同し始めてきやがり、私は(裏切り者)と睨みつけた。

「女の子にさ、ちょっと美味しくてあったかいもんサッとなんて出されたら、コロッといっちゃうよね。
 トーストじゃ、いかねえよな」
「ちょっとお! 横田さんだって私と似たり寄ったりのくせに、そこでいきなり女性蔑視みたいなの反対―!!」

いやっ、そうじゃなくてと横田は動揺していた。
私たちがケンカするのを、御厨はおかしそうに煙草を吸って眺めていた。

 今日も御厨宅を臨時キッチンで使用させていただいていた。
望まぬ教室だったが、親切心からの申し出だという事くらいは私にもわかっていた。
だが、わかっているのとやりたいかというのは、哀しいが別問題なのである。

「頑張って取っ掛かりを掴んだら、俺んちで好きな時に飯を食べる権利をやるから」

そう子供をあやすように頭を叩かれ、本当ですかと横田とつい一緒になって聞き返していた。

御厨の料理上手を既に知り始めていた私たちには、美味しすぎる条件だった。
こんなオプションをつけても損をするのは御厨だけであるのに、彼はいつものように鷹揚に笑っていた。

「うんホント。 出来の悪い弟子ほど可愛いっていうだろ」

うわあと、一気にやってやってもいいかなという気力が湧いてくるのだから現金なものだ。
横田はちょっと遠慮がちだったが、私は一挙に身を乗り出していた。

「今日のレシピは何ですか?」

御厨はくくくと笑いをこらえていた。

 習うとはいっても本当の本当に実家時代、何の手伝いもせずに生きてきた私と横田は
魚の焼き方は知らないわ、皮むきもできないわ、味付けもチンプンカンプンだわで、
最初はさすがのハンナさんも御厨も固まっていた。


「まずは、んー…………レシピ云々じゃなしに、包丁の使い方とか、火の使い方からか……」


それでもひたすら嫌々な姿勢の私たちを、コラコラと苦笑して面倒を見てくれた。
さすがに良心の人・御厨とハンナチームに当るわけにはいかないので、
もっぱら調理実習中は私と横田はお互いに当っていた。

「うわー、そんなのも出来ないの」

じゃがいもの皮むきに必死に取り組んでいる手元をのぞきこまれて
そう横田に言われ、カッと睨みつけた。

「横田さんだってド下手じゃん。 おんなじ程度のくせに、女のくせに女のくせにって
 いっつもそればっかり、ちょっとひどくない?」
「ひどくない?って杉山さん口癖だよね。 でも、本気で男引くよ、あんまりにレベル低いと」

どっちがよー!
とケンカになりかけるのをハンナさんが「ケンカ両成敗デース」と
後ろから丸めたカレンダーでポカポカ殴っていた。

 三回目くらいから「魚の焼き方」「炒め方」「味噌汁の作り方」
などの本格的メニューに突入していったが、
最初は野菜や肉を切るだのそれをホイル焼きにするなどの飯盒炊爨系実習だった。

「もうすぐカレーも作れるようになるからね」

御厨にとってはお笑い番組よりも面白いらしく、
しょっちゅうこっちが気がついてないと思って陰で笑いまくっていた。
ム……と二人でそんな先生を睨んでいたが、実際情けないのだから仕方がない。

 こうして近所つきあいが思わぬ方向から密になっていくにつれ、
それぞれの性格が次第に明らかになっていった。


 ハンナさんは一見落ち着いて穏やかで内向的なハニカミ屋に見えて、
実際にまんまその通りだった。
いつもくすぐったそうに笑って、困った顔ばかりさせていた。
困った顔のほとんどは、調理の腕のせいがもっぱらだった。
 本人は自分の日本語がまだたどたどしいと気にしていて、
いくら「そんな事ないよ!私なんかドイツ語なんか全然ダメだよ、すごいよ!」と言っても
「イイエ、ワタシも杉山さんから学ばねば」と頬を覆って落ち込んでいた。
ともかく真面目で頑張り屋さんなのだ。
可憐、大和撫子という形容を彼女へ捧げたい。


 師匠そのニ、御厨は飄々としてていつも余裕に包まれた姿勢の持ち主で、
どれだけつきあいが長くなろうとその印象は変わらない。
結構な笑い上戸で、結構ズバズバ言うくせに面倒見のいい人だ。
何のメリットもないのに、こんな出来損ない対象クッキング教室をやってるのがいい証拠だ。
 友達が結構な頻度で訪ねてきているが、人格を知れば知るほどうなずける。
彼には包容力があるのだ。
顔も長身も女子目線から見て高得点なので、きっともてるのだろう。
その証拠に、たまに女性客が来ているのも知っている。
「わー、彼女ですか」
と聞くと、毎回笑って流される。
まあ、訪れてくる顔もバラバラで、固定の彼女らしき影は未だ掴めないでいるのが現状だ。


 横田。
 ケッ。
 初対面の印象から「蒼白」というイメージだったが、普段の彼はそれなりに
社会人としては頑張っているようだった。
会社の愚痴などは一切こぼさないのである意味男らしいといえばそうなのだが、
調理の生徒を並んでやるにつれ、結構な短気で
(男がこんな技を身につける必要性がどこに)と思っているのが筒抜けだ。
 横田にとっては料理は女性の仕事分野だという、男尊女卑に通じる古い石頭を持っている。
そのせいで腕はどんぐりの背比べのくせに、しょっちゅう腐され、毎度ムカッとさせられる。
そのくせ私が怒ると毎度ひるむ。
そこまで人の悪い性格ではなさそうだが、不器用で人付き合いが御厨よりガゼン下手なので
このメンバーでは分が悪いのだろう。
顔はそこそこ男前なので、女性蔑視をうまくカモフラージュできていれば、
会社でもそれなりにもてるかもしれない。




まだまだ序盤ですが
ご拝読
ありがとうございます

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9 憧れて何が悪い

4 調理教室の余波

 御厨が鍋を作った時やたまたま廊下で会った時なんかに気軽に誘ってくれるので、
いつの間にか私たちはバラバラにでも御厨ダイニングで顔を合わせるようになっていた。
調理実習(にしか思えん)が終わっても、ずっとこうして続くのかなと思うとおかしくなる。
ただの同じ階の住人だったのに、えらい飛躍したものだ。


 もう今は年末にも近く、防災・火の用心のシーズンだ。
あれから鍵を全フロア総取替えをしたりと、
店子に渋る大家にしては珍しい素早いアクションがあったのが効いたのか、泥棒の被害はない。
違う階の人にも、玄関ポストの前で話しかけられて、
「二階の人? 二階で泥棒あったってホント?」と尋ねられたりした。
鍵の交換時に、業者が口を滑らせたらしい。
もう、ここぞとばかりに私は、
「すごかったんですよー! 部屋のもん、一切合財しっちゃかめっちゃかでっ、ホントに怖かったんです~」
とまるで自分の部屋の事のように熱く語ってしまった。
後で横田に悪かったかな、とちょっと反省したが、
こうして面と向かっている時の憎まれ口を聞くと、まあいいやと思う私であった。


「美味しいね!」
「ハハ、自分で作ったと思うと余計うまいだろ」


 御厨の入れてくれたお茶を飲みながら、今日のレッスンメニューだったチャーハンを食べていた。
横田も横で、この時ばかりは黙ってかきこんでいる。
なんだかんだこうやって付き合ってるんだから、横田もヒマなんだなあと思う。

「ね、皆さんはクリスマスどうするんですか」

何気なくウキウキそう尋ねたら、男衆は一斉に黙った。
禁句を言ってしまったらしい。

 先に立ち直った御厨が、へんだ、といった風にスプーンをくわえた。

「ハア。 今年は何もなし。 仕事でもすっかな」
「右に同じ」

横田も賛同しながら、チャーハンをかきこんでいた。

「なあ~んだ………」

落胆する私に、横田がムッとした。

「わーるかったな、何もなくて」
「あ、ごめんごめん、そういう意味じゃないんだ。 参考にしたかったの」

うっとり笑ってみせたが、横田からは気色悪そうな怪訝な表情が即座に返ってきただけだった。

「は? なんの参考?」
「だってさ、私の周りって何でか見事に幸せカップルっていなくてさ」

まだちょっとうっとり気味に、スプーン片手に熱く語った。
 私の周囲には本当に、見事に参考になるカップルがいないのだ。
短大のクラスの仲がいい連中は刹那のアバンチュールに夢中になってるか、彼氏なんかいなくてもいいかのどっちかだし
地元の友達らは一緒になってバスケ一色だったため、性格がいい子ばっかりなのだがお話にならない。
年の離れた姉には彼氏がいることはいるが、これがまたお話にならないくらい男の趣味が悪くて
約束は破られるわ浮気はされるわ騙されるわ、イベント時にはそんな男にヒスを起こして毎回大騒動だった。
呆れ果て他人のふりを毎度したくなっただけで、もちろん参考にはならなかった。

 本当に、テレビドラマでみるような素敵なクリスマスデートって
現実にあるもんなのかな?

素で長年、不思議なままだ。

私の夢みる瞳全開での語りに、二人はアッ気にとられた表情で
スプーンが止まっていた。

「だからさあ、現実ではどんなデートするのかなーって、一回聞いてみたかっただけだよ」
「何で俺らに聞く」
「単なるリサーチだよ」
「じゃあ、自分が何かあるから聞いてほしくて言ったんじゃないわけね」
「ないとも」

堂々と彼氏がいない宣言をする私の迫力に、二人は「へー…」と一瞬飲まれていた。

「あーあ。 今頃、私といつかつきあう人は何をしてるのかなあ~」

これまたよく思うことである。
私がほとんど強制の調理教室で御厨んちのフライパンをかきまわしてる間に、未来の私の彼氏は
どこで何をしてるんだろうか。
年上だったら、休日だから自宅でまだ寝てるのかなーとか、本屋で立ち読みしてるのかなあとか。
まだ会ってないだけで、同じ時間をどこかで知らず過ごしているはずの人の行動を想像していると
景気よく吹き出す横田の姿が目に飛び込んできた。

「何だよ、その乙女な妄想。 冗談は顔だけにしろ」
「何ですってえ!?」
「似合わねえ~」

爆笑し始めた横田に激怒してゲンコツを頭部に叩きつける私を、
御厨が何を考えてるか一向に掴めない毎度の笑顔でたしなめてきた。

「こら、横田さんもからかわないの。 杉山さんも暴力は振るわない」
「だってさ! いっつも横田さんてひどいんだもん!」
「うんうん、そうだよね」

なんかまたあしらわれてる感が絶大だったが、ここは御厨の顔を立てて牙をおさめることにした。

「じゃあ、杉山さんもクリスマスの予定はないんだ」

 頭を抑えて横目で睨んでくる横田を無視して、御厨にだけ笑いかけた。

「何にもないよ。 だって、私学校で忙しいもん。 単位落とさないので必死で、全然コンパとかも行ってないし」

 コンパ、とその単語に乗ってきた男どもであった。
目がキラキラと輝いていた。

「うわー、懐かしい響き。 いいよな、学生は。 毎日お祭り騒ぎじゃん」
「だから行ってないよ。 お金ないし、ヒマもないし。 行ったって、よく食う女って目でしか見られないし」

食べながら文句を言ったら、今度は御厨が軽く吹いていた。

「行っとけば。 そういうのに参加できるのって、マジで今のうちだよ。
 色んな人間と会って、仲良くなってくるだけでもいいじゃん」

御厨のセリフに、横田があざ笑った。

「遊びなれてる奴もいるから、杉山でもいいやって思うのがいるかもだし」

どういう意味よアンタひどくない、とまたケンカになりかけたのを
一応また止めに入ってはきたが、御厨は明らかに笑いをこらえていた。

「横田さんもそう毎回つつくな。 杉山さんも、毎回つっかかんないの。 まあ、仲がいいのは分かったけど」

 よくないですよ!と同時にわめく私たちに、御厨はとうとう笑い出した。

「なんでいつも御厨さん、そうやって笑うのよ。 ひどくない? 私はいつも横田さんに真剣に怒ってんのに」
「えっ。 マジで怒ってたの?」

意外にも横田はひるんでいた。
すぐにビビるんだから、突っかかってくんなよ。
そうだよと睨んで、ここぞとばかりに腕組みして言ってやった。

「いっつもさあ、私に女のくせにとかばっかり言うじゃん。 私だって料理が下手なのも自覚してるし、
 恥ずかしいなあと思って参加してんのに、追い打ちかける事ばっか言ってくるし。
 いつか御厨さんの腕を盗んで、すんごいイイ彼氏みつけてやるから見てなさいよ。
 こんな私でも、夢があるんだから。 このまんまの私でいいって言ってくれて、私もその人が大事でっていうね、
 ちょっと彼氏彼女やるとかそういう適当なんじゃない、すごくドラマティックな交際が出来ちゃう人と
 いつかちゃんと出会うんだから! そんでもってその時になったら、あんなに罵ってすみませんでした、
 今の杉山はすごいや素晴らしいぜよって、手をついて謝ってもらうからね!」

 私の一世一代の宣言に、二人は目を丸くして聞き入っていたが、
次の瞬間にはブーッと盛大に噴いていた。

「ちょっとお! なんでもっと笑うのよッ」とコタツテーブルを叩く私の前で、
「もうダメだ」「苦しい」と二人ともうずくまって大笑いし始めていた。


 まるっきり女扱いされていなかった。
まあ、私も彼らを男という目で見てはいなかったが、
こうも目の前でバカにされると非常に面白くない私であった。


 ムカついたので、片付けが終わって自分の部屋に帰った私は、速攻トモちゃんに電話をかけていた。


「超大至急で、私も一番やるのが近いコンパに混ぜて!」


強気でそう頼み込む私に、クラスの友達であるトモちゃんは面食らっていた。

「ど、どーしたの紗江? あんた全然、今まで興味なかったじゃん」
「今日からは違うのよ。 クリスマスまでに彼氏見つけてやるんだから」
「ハア?」

トモちゃんはますます面食らっていた。
それもそのはず。クリスマスはもう半月後に迫っていた。

「間に合わないんじゃないのー?」
「何もせずに敵前逃亡してたまるか」

何があったのさ~と半笑いのトモちゃんと話しながら、
寒さにかじかむ手でエアコンのボタンを力の入るあまり
思わず連打してしまう私であった。







                                    <つづく>




シーズンの噛みあわない
王道ものですみません
(2人がウケたのは「ぜよ」が大きかった模様)

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10 合コン万歳

5 横からマージャンの余波

合コン万歳




   5 横からマージャンの余波





 私も黙ってりゃいいのに
「合コンに行ってくるもんねッ!」
と笑いものにしやがった二人に腹いせで宣言してしまったため、
「経過はどうだ?」
と面白がられるはめに陥っていた。

口の軽いのをこの時ほど悔やんだことはない。
なぜなら、最悪の連戦連敗の記録更新中だからである。


「ねえ、トモちゃん。 私のどこがまずいのかなぁ……」


 学校で思わず哀しげにボヤいた途端、大マジメの罵声が稲妻のように叩き落とされてきた。



「まずね、紗江は色気なさすぎ! せっかく話しかけてきた男の前でも延々ずーっと食べまくってるじゃん!
 大口あけて大笑いしてるし、合コンは友達探し探検隊じゃないっつの。 
 あとさ! いくら好きだからって、カラオケで懐メロはやめてくんない?
 アンタが歌うと全員引くっつか、凍るのよ!」



 耳が痛い。 (胸もだ、ズキズキ痛い) 



 確かに私は、恋愛は初心者マークだ。
 何度も繰り返しクドイが高校まではバスケ一色、ド健全に体育会で育ったもんだから
涙も喜びも青春も、チームメンバーとのメモリーと勝負によるものばっかりだった。

 だけど、それでも数は極少だったが、何度か出会いはあった。

「紗江はとりあえず黙ってな! それが早道。 いーねっ」
と脅迫まがいの説教を垂れられながら女友達に引っ張られ、
高校時代に何度か合コンに出たことがあったのだ。

どうも私は話さなければ大人しい控えめな子に思われやすいらしく、
合コン常連組の友達の指示通りに黙ってニコニコしてた回に、二人ほどから申し込みがあった事がある。
だがそのどちらも、最初の二人きりでのデートで地を出して楽をしたとたん、
「やっぱ違うわ」
「ごめん」
と秒速で振られてしまっていた。
 隠しても結局うまくいかないじゃないかよ! と頭にきて、
今度こそと高校最後のバイト先で好きになった子には地で迫ってオッケーをもらったが、
なんとつきあって二週間目に「お前のこと、やっぱ特別にはどうしても思えないや」とバッサリ切られた過去がある。


 特別に思えないって、その根拠は何なのさ。
 私のどこらへんが問題で、オンリーワンになれないっていうの?


 その疑問はいまだ継続中であった。

 でも言わせてもらえば、確かにトモちゃんの指摘には図星で痛いものはあるものの
地も出せなくてつきあえるもんなのかな? という、やっぱり納得のいかない気持ちはある。
こういう性格な杉山でも可愛いなとか、君こそが俺のずっと探してた子だとか言ってくれる物好き、
いや間違った「運命の人」がどっかにいるんじゃないかと、地を隠すのに抵抗する自分がいるのだ。

 そうは思うものの、一緒に出かけたメンツがお持ち帰りされていったり
メアド交換をイチャイチャしているのを横目に、
私は何回か合コンに進んで参加したにもかかわらず、いまだロンリーのままであった。

 御厨と横田に白状するのは死んでも嫌だったので、ハンナさんにヨヨと泣きついた。

「私の歌って、古くってヒクんだって~!」
「古い?」

そもそも日本の歌に詳しくアリマセーンというので、じゃあ聴かせようじゃないかと
その晩は一緒に斜め向かいのカラオケボックスへと繰り出した。
私が「百万本のバラ」や「アンタが大将」を歌うのに合わせ、彼女は喜んで手拍子をしてくれた。
国際親善的にはオッケーをもらえたみたいだ。

 クリスマス前の最後の大あがきで、二十日にラストチャンスの合コンに出かけた。
幸せなクリスマスイブのイメージトレーニング用に力作したクリスマスメドレーMDをしっかり装着し、
寒い早朝に我慢してスカートで出陣する私を、またベランダから御厨が見下ろしてきた。

「お、今日も行くの?」
「……………………」

 結果報告はそっぽをむいて無視していたが、こうもずっと参戦してること自体が
ずっとうまくいってませんと白状してるようなものかもしれないと、顔の強張る私だった。

「変なのにひっかかってくるなよ」

御厨の明るい声援に無言のガッツポーズで応えると、上からまーた笑ってる声が響いてきたが
(今にみてろ)と舌打ちし無視して歩み去った。



 学校帰りに、授業が皆より一つ多かった私は、遅れて合コン会場の店に到着した。
店の前で小さい鏡でサッと化粧をチェックした後、意を決して乗り込んだ。
 今夜も気合いだけは準備万端だ。
 今日の服は、雑誌で「男受けはもうコレでバッチリ☆」と紹介していた組み合わせだ。
 もし今日うまくカップルになれたとしても、クリスマスデートでその男は再び、同じ服を着た私と会うことになる。
思い切ってなけなしのバイト代をはたいて新調したのだ。
元を取るまでは着続けるつもりだ。

「紗江、遅―い」

 店に入ってうろついてたらトモちゃんや麻紀らのテーブルを見つけ、喜んで駆け寄った。
 もう男の子たちも全員揃っていた。
クリスマスのこんな直前に合コンに来るような奴はハズレ揃いだろうと思っていた女性陣の予想を裏切り、
結構なイケメン揃いで思わず目を奪われた。
 今夜こそ、きっと出会いが。
 ワクワクと期待に胸を膨らませる私であった。

「遅れてごめんなさい、紗江でーす」

 照れ笑いしながら空いてた席に座ると、
横にいたのは案の定このメンバーの中では一番地味な奴だった。
こういう席の場合、出遅れた者は一番ババをつかむことになる。
女の一瞬にしてパッと見での判断とその後の席順争奪戦の熾烈さは、戦国時代並なのだ。

でもまあ、結構可愛い顔立ちしてるよな~と内心大喜びで安堵しつつ座ると、
その横の男は「俺、高野っていうの。紗江ちゃんて呼んでいい?」と型通りの声をかけてきた。
「いいでーす」と景気よく笑って乾杯した。
今夜も<地でもオッケーな出会いを模索・大作戦>だ。

 今日のメンツはトモちゃんの所属する大きいお遊び系サークルの先輩の知り合いという遠い人脈で、
どうもよく分からないままに私は参加していた。
まあ、合コンというのは得てしてそういうものではある。

「よくこういうの出るの? 俺、実は今回が初めてでさ」

 しばらくしてからホロ酔いらしい高野にそう耳うちされ、へえ~とうなずいた。

「私もここ最近なんだよ。 高野くんはなんで出ようと思ったの?」

思わず思ったまんまをダイレクトに返すと、高野は一瞬言葉につまっていた。

「いや………なんかヒマだったし。 幹事に無理に連れてこられたっていうか」

 やっぱり穴埋め増員だったか。

 さらに納得して、細くてひょろっと背の高いやや童顔の高野に笑いかけた。

「そっか。 私も、実はあんまり慣れてないんだあ。 ちょっと意地になってやってるっていうか」
「意地?」





紗江19歳、青春と格闘中
(なんでマージャンの余波なのかは次回すぐ判明)

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拍手コメントをくださった「たま」サマ、
裏トレマーズをご覧クダサイ(お返事ございます)


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11 イエロー宣言

5 横からマージャンの余波

 酔って気が大きくなっていた私は、初対面の高野に
近所の兄さんたちにバカにされたので、ここ最近になって合コンに繰り出し始めたのを説明した。
 高野は、なんともいえない真顔でそれを聞いていた。

「彼氏作りにきたんだ。 本気で」

なんでそんな真顔をされるのか分からない私は、
他のメンバーがいつのまにかまとまり始めているのを
遠い目で眺めながらジンを飲み、フッと嗤った。

「なかなかうまくいかないよ」

 しばらくそんな悟ったような私に引いてるみたいだったが、再び親しげに耳うちされた。

「あのさ。 初めての俺が言うのもなんだけど、俺のまわりの連中見てても、
 合コンで長続きしてる奴なんていないよ」

エッと思わずビックリして向く私に、実は親切人だった高野が続けてコソコソ続けてきた。

「紗江ちゃんの友達には悪いけど、こいつらだって遊ぶ気満々で来てるんだぜ。
 あそこのさ、金髪の奴いるじゃん。 アイツも彼女いるし、その向かいのピアスも彼女と同棲中だし。
 真面目に出会いを求めてるんだったら、合コンじゃなくてバイトとかでのほうがいいんじゃねえの」


私は泡を食って、思わず高野へ膝をつめていた。

ショックだった。
この服の購入にかかった金をどうしてくれるんだよと青ざめた後、
あっトモちゃんたち大丈夫なの、と慌てて注意を走らせた。
もちろん別にそこでは乱交パーティーをおっぱじめてるわけでもなく、
普通の飲み会がそこそこ盛り上がってるだけである。
しばらく放心してそのまま固まっていたが、ハッとしてまた高野に食ってかかった。

「エエエ? だって私のバイト、おじさんばっかなんだよ。 客も店の人も。 あんなの年上すぎだよ」
「変えろよバイトを」
「だって辞めずらいよ」
「何のバイトよソレ」
「アンチークな喫茶店。 カフェじゃないよ。 喫茶店。 モーニングにゆで卵がサービスでつくの。
 ちょっとマスターの趣味で歌声喫茶入ってて、カラオケで懐メロがオンパレードで流れる店」


だからちょっと懐メロには詳しくってさ私、と呟くと
高野はしばらく動揺したように私の顔を眺めていたが、
気を取り直したように続けてきた。


「君、変わってるって言われない?」
「選曲は変だってよく言われる」


 気がついたら、〈出会い〉というのとは違った路線で、コソコソ合コンの席上隅で談合を開始した二人だった。

 高野は麻雀が強く、今日一緒に来た男どもは大学での麻雀馴染みメンツってだけの縁で、
賭け麻雀で勝ちふせた連中ばかりだと言った。
全然金を払わないのでふざけんなと怒ったら、ここへ誘われて
「かわいい子揃いだから、気に入ったのがいたら譲るから持って帰れ」とロハを拝み込まれて、
半ば無理矢理に引っ張られて連れてこられたのだそうだ。



口ごもるはずだ。
ひでえ。



「私たちはテイクアウト商品じゃないよ! 本当に普通の子なんだかんね?
 おまけに私たちとだって初対面なのに、なんでそう気軽に持ち帰りオッケーなんて指示出せんのよ!」

小声でだが激怒してそう罵ると、うん、と高野も気まずそうに煙草を吸っていた。

「初めてコイツラと麻雀以外で出かけたけど、はっきりクッキリ畜生だな」


 聞かなきゃ平気でいられたのだが、もう聞いてしまうとダメだった。
麻紀やサトミが急に心配になり、
そいつらの馴れ馴れしい肩へまわした腕や目配せなんかが反則にしかもう見えず、
飲む合間にスケベ連中を睨んで過ごした。
私の睨みは残念ながら全然効果がないようで、たまに目が合うとそのスケベどもに
「飲んでるー?」
とおかしそうに笑われた。
くそっ。
お前ら、とっとと彼女のとこに帰れ!
そんでもって踏みつけられて、泣きながら土下座で許しでも請ってろ。


「さっき近所の兄さんて言ったけど、紗江ちゃんてここ地元?」

 あ、まだ隣に高野がいたんだった。

 睨みを効かせるのに忙しかったもんだから忘れかけてた高野を向いて、
ううん違うよ、と泥棒騒ぎでなんだかんだと仲良くなった話を聞かせると、目をパチクリしていた。

「なんだよ。 そこに男、もういるじゃん」

ハア?

と話がみえず聞き返すと、高野ももはや食いに走っていたので、
ピザをつまみながら言ってよこした。

「そのどっちかを狙えばいーじゃん。 あんまさ、紗江ちゃんてこういうとこ似合わないよ。
 遊び半分で参加してんならともかく、まじめに男欲しいんだったらちゃんとしてるとこから選ぶのが無難だって。
 いつか泣きみるよ?」


思わず考え込んでいた。
御厨と横田………?

そういう目で見たことがなかった。
更に、至近距離のド近所だ。
何かあっても引越す余裕なんてあと一年は確実に無い上に、
せっかくうまく近所つきあいが回っているのに問題外だ。
無理。
私の中でその話はサッサと終わった。


「ね、高野さん。 ここで今日会ったのも何かの縁だからさ。 手厳しくて全然構わないから
 教えてくれないかな。 なんで私って全然彼氏ができないのかな?
 男目線でみたらどこらへんがダメなの? そこんとこ、遠慮なくお願い」

そう言いながら手を合わせたら「拝むなよ」と困っていた。
麻雀の賭け金ロハを拝まれ、私にアドバイスを拝まれ、高野も今日は忙しい。
きっと可愛い子が言ったセリフだったら「そんなことはないさ。君はステキだよ」とか言われて
ロマンスが始まってたんだろうが、私の場合は違った。


「うーん…。まずね……。 悪いけど、色気ないよね。
 そんで、色気を出そうとも思ってないよね?
 アンタとだと雰囲気を作りにくい。 自分の取り柄をよーく見極めて、そこをアピールしなきゃだよね。
 正直、顔は悪くはないんだよ。 そう! 丸顔が平和そうで愛嬌があるしね。 
 パッと見での唯一の取り柄ってソレだよな、そうそう愛嬌ってだけかな? まあセンスもそこそこだしさ。 
 だけど残念、肝心の男にグッとこう、訴えかける雰囲気っつーもんがない。
 レンジャーの戦隊物でいえば、昔のイエローだよね、タイプがまんま」


 頼んだとおり、容赦なくきた。
 ショックだった。
 言葉も失くすほど傷ついて、口が開きっぱなしになった。


 昔のイエローって。


 昔、テレビでやってた『ヒーロー戦隊今昔』で見たけど、
確かイエローはカレー大好きという設定の、食いしんぼ脇役キャラだった記憶が甦ってきていた。
「要るんだか要らないんだか分かりませんよね、イエローって」「人数合わせでしょう」と
その時ナレーターが笑って会話していたのまでご丁寧に思い出していた。

「つまり、………三枚目ってことね?」

 呆然とそう呟くと、今夜初めて高野がちょっと笑っていた。

「まあ、いーじゃん。 雰囲気で悪い連中に寝技使われるよりは全然、危険性がなくって」
「そういう連中にもそうかもしんないけど、いい男にもそうだって事でしょ!」

私の渾身の嘆きの声は、諦めろよハハハと横で高野に笑って片付けられていた。
 どうも高野はいい気分に酔っ払っているようだったが、
こっちは酔いも醒めるほどの衝撃を受けていた。


 今までの人生で全然彼女になれなかったのって、
その人たちの好みにたまたまヒットしなかったとかそういう問題じゃなくって、
私に問題があるって事だったんだろうか。
色気がないとか言われることは確かに四六時中だったけど、
あんまりに漠然としてるもんだから気にもしてこなかった。
色気って重要だったの?
肝心のグッとくるもんが皆無って、それって致命傷じゃない?

おまけにイエローときた。
それって、問題外で蚊帳の外で、主役(彼女)にはなれない人種ってことじゃない?


たかだかちょっとの時間しか一緒にいない高野が
こうも断言できるほどにかよ。
 こっちが全力で落ち込む横で、高野は屈託なく笑いながら唐揚を勧めていた。
「ホラ、紗江ちゃん食えって。 うまいぜー」

食欲をなくすだなんて、高校最後に失恋した時以来だった。



 結局、一次会で私は呆然と帰ることにした。
でも結果論で言えば、唐揚やその他ツマミはちゃんと完食した。
せめて元を取って帰らなきゃ救いがない。
 外にでてから、ようやく寒い外気に晒され酔いが醒めたのか、高野が謝ってきた。

「ごめん、やっぱ傷つくよな。 俺、女の子のそういう心理とかって疎くてさ。 忘れといて」

いいっす、と力なく手を振ってやる。

悪いが忘れんのは無理だ。

でも頼んで話してもらったのはこっちの方だったから、高野には引きつった笑顔で別れを告げ
恨んでないのをアピールして、トボトボと一人で帰途についた。


そうか、私ってやつは
そこまで彼女対象外の人種だったんだ。
どうしたって思考がそこばっか戻るので切なくなりながら、
哀しさのあまり頭がどんどん下がっていった。

そのまんまの私でもいいっていう男が現れるどころか、
そのまんま自体が問題だっていうならもう、
一生彼氏なんて無理じゃんか。

こうやって夜の通りを歩いてるだけでも何組もカップルと行き違い、
その二人組みを何となしに眺める私の顔つきはきっと絶望一色に傍から見えるだろう。
いつか、ああやって同じくらい好きで一緒にいるのが楽しくて
っていう交際をできる人と出会えるんじゃないかってずっと思っていた。
なんで皆が普通にやっていることが、私には出来ないんだろうって
ずっと不思議だった。
 ずっと外野でうまくいかなくて、好きになっても友達にしか思われなくて
両想いでああやって仲良く歩いていくカップルたちはまるで奇跡の起こった人にしか思えなくて。

 ずっと昔から、思ってた。
 世界は私をうまく避けて進行するものであって、
一生その表舞台には立てない人間もこの世にはやっぱりいて
私はそっち側の人間なんじゃないかって。 

 一応、途中で思い出し、トモちゃんらにはメールで「そいつら彼女いるってさ」と一斉送信しておいた。
即座に返信でガタピシとマナーモードがブーブー響いていたが、無視して歩いた。
街に輝いてるクリスマスイルミネーションがムカついて、
そこらへんにキックをかましたくなるのを我慢しながら帰った。






                                           <つづく>




ご参考に→レンジャーイエローってこういうの
イエローのスペック・食い道楽キャラ、カレーが好き
             いてもいなくても支障はなし

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宝探し(中高生ご卒業お祝いSS・「ご近所サマ」番外)

番外1

横田「今日は突発SSだそーです。卒業シーズンの学生さんに捧げるって名目で、俺の過去話が暴露されるらしい………
   って何で俺の?」
杉山「紗江でーす! 卒業を目前に自由登校の皆さん、おめでとうございます! 私には卒業でのドラマって
   あったことがないので羨ましいでーす」
横田「だろうね」
杉山「死ね横田」





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ご卒業シーズンお祝いSS
     「宝探し」



 三年も通ったのに、夜の学校は初めてだった。
 何せずっと帰宅部だったし、一緒に遊ぶ仲間も皆似たり寄ったり。 だから三年になって、峰岸と仲良くなったのは予想外だったけど、面白かった。
 彼は思いっきり体育会系運動部に燃えてた口で、それなのに妙にムキムキなわけでもなく、スマートで落ち着いたいい先輩をしていて、引退してからも後輩の面倒をよくみていたようだった。
 なぜ私がそれを知っているのかというと、今夜の夜の学校訪問も 峰岸の陸上部絡みだったからだ。
「あったー?」
「うん」
 峰岸の所属していた陸上部追い出しコンパに全然関係のない私が呼ばれていたのは、私の友達が峰岸の陸上部仲間と付き合っていたから。 関係者じゃないからいいよと固辞したのだけれど、いいじゃんいいじゃんと強引に連れ込まれて、さっきまで店にいたのだ。
 なのに、今私は峰岸と高校の敷地内にいる。
 峰岸が部室からドアを屈むように抜けて出てくるのを、風に吹かれながら眺めていた。 夜の外には馴染みがあるけれど、それは塾帰りに通りすぎる繁華街だったり、友達と繰り出す明るいネオンの夜の街だ。 だからこんなに深々とした静かな夜の匂いはある意味新鮮で、そんな風を嗅ぎながら手持ち無沙汰に手を後ろで組んでいた。
「ドアより背が高いんだ」
「ここのドアが規格外に低いんだろう」
 なんてことはないようにそう答えて、峰岸は見つけたらしい物を暗がりの中で遠くのライトを頼りに、何だこれというように手の上で転がしていた。
「軽い………それも何だ? 新聞紙じゃないか、この包装。 なんでまた、今年に限ってこんな面倒な」
後輩のイベントはどうも峰岸には不評だったみたいだ。 くすっと笑って、背を伸ばし暗闇に浮かぶそのシルエットを見上げた。
「そんな暗いとこで見てないで、部室に電気つくんじゃないの? そこで見ればいいじゃない」
「だって沢口が外にいるから」
「え? 私のせい? だって私、部員じゃないし……」
 遠慮してたのを気を使ってすぐに外に出てくれたのかな、と思うと胸がくすぐったくなった。 二人でいることにかなり緊張しているけど、それに気づかれるのが怖くって妙に歯切れよく早口になってしまう。 だって峰岸に、私はずっと片思いしていたから。
 誰も知らないこの気持ちは、卒業と同時に時間が緩やかに消していってくれるだろう。 散々一人で泣いて悩んだけれど、それでいいのだと思う。
 峰岸は遠い大学にいってしまうから。
「そういえば横田くんたち、さっきまで走ってなかったっけ」
 気がつけば六人でいたのに、私たち二人だけしかいなくなっていた。 一応は無断浸入だからと無言でバタバタ騒いではしゃいでいたはずの四人の気配がない。 そのことに唐突に気づかされ、自分の希望よりもかなりうろたえた声になってしまった。
 手の中の重みを確かめるように上下していた峰岸の、かすかに笑った気配が届いた。
「横田がバカだから、酔ってんのにはしゃぎすぎたみたいだな。 気持ち悪いって騒いでたのは聞こえたから、トイレにでも連れていったんじゃないか」
「ああ、横田くんらしいね……」
 静かな校庭の片隅で二人、こっそり小さく吹きだした。 横田くんは転勤の都合が入った家族ごと北海道に住むことが急に決まったとかで、今日を最後に卒業式にも出れないことになっている。 
「北大に入った意味ねえー! 一人暮らしをとことんさせない気だな!」
と文句を言っていたらしく、峰岸も呆れて笑っていた。 横田くんを好きな子は切ないだろうなあと思う反面、つめが甘くいつもずっこけている横田くんは、やっぱり最後の最後まで彼らしくてちょっとおかしかった。
「あいつがまたえらく遠くに行くもんだから、俺らが霞んでしょうがない」
峰岸も面白そうにそう笑った。 そうだった、峰岸も一人で遠くにいくんだ、とまた再確認させられ、ぎゅっと胸が引き絞られるように痛んだ。


「宝探し、してきてください」
 店で後輩らに満面の笑みで言われ、峰岸も横田くんも、友達の彼氏の小暮も目を丸くしていた。
 それを横目で眺めていたけど、まさか私もそれに同行させられるとはその時は想像もしていなかった。
「せっかくだからですね、夜のこわーい学校を堪能して思い出を作ってもらおうってことになったんすよ。
 抜け穴の場所は知ってますよね? 部室、音楽室、家庭科室にそれぞれ隠してますから」
「おい」
「何だよそれ。 今までこの場で進呈が決まりだったじゃんか」
 横田くんと小暮の不平に、後輩くんたちは大笑いしていた。
「だって先輩たち三人とも、遠く行っちゃうからもう陸上部と縁が切れちゃうじゃないすか。 加藤先輩たちの時は
 OBとして来てくれるの知ってたけど、もう学校とはこれでお別れでしょー。 堪能してってくださいよ」
 何が何だかよく分からなかったけれど、異例のことみたいだった。 部の後輩一同からの卒業プレゼントを、今回は
趣向を変えて学校に隠しましたから、今夜乗り込んで探してきてくださいねという事らしい。
 横田くんが異常に怖がりなのを知ってておもしろがってるんだと小暮がその場で言ったから、私もその場は他人事で笑っていただけだった。 頑張ってねとのんきに笑っていたくらいだ。
 だから、
「おい、沢口も出発」
と峰岸に背中をこづかれ、真剣に驚いた。
「えっ? なんで私まで行くの?」
 驚愕する私は、友達の美歩から手を合わせて拝まれた。
「ごめーん。 真樹もつきあって! 私とマネージャーの子がついてくのに、ここに真樹をおいていくわけにいかないじゃん」
 そう言われてしまえば、部外者の私だけが残って飲んでるっていうのは確かにおかしかった。 当惑しながらも、妙に元気な後輩らに見送られ、店を出発した男女三人づつの六名だった。
 行く道の途中で、美歩がこっそりと教えてくれたことには、横田くんにマネージャーの子がどうも告白したいようだという話で、思わず驚きの声をあげそうになり慌てて口を抑えてしまった。
「えー横田くんに? 大丈夫かな、相手が横田くんじゃ」
 美歩も吹き出していた。
「あいつのニブさは半端じゃないからね。 顔しかいいとこないのにどこがいいのか謎だけど、直球で言われたらいくらあのバカでも気づくんじゃないかな」
 どっちにしろ、叶うのを望んではいない告白みたいだからなあと美歩は笑っていた。
 それはそうだ。 横田くんは、明後日には北海道に家ごといってしまうのだ。
 並んで歩く友達の目元が潤んでいるのを見ないふりをして、そっと足を進ませた。 
 美歩と小暮も、卒業を期に遠く離れてしまう。 何度も悩んで言い争って泣いているのを、ずっと眺めてきた。 折り合いをどうつけたのかまでは私は知らなかったけど、今夜の美歩は和やかに過ごそうと決めているみたいだったので私もそれに倣っている。 切ないだろうなあと、気持ちを思えばなんだか哀しい。 片思いの私ですら辛いのだから、余計に。 
 お互い好き合っているのにもう、毎日のように学校で会えていた日々は終わっていく。 恋なんかするもんじゃないな、とその場で胸の中、ひっそりと呟いた。


「相沢が介抱してるんだろうな」
 峰岸の声にふっと意識が横にそれていたのに気がつき、内心ではちょっと慌てた。 そうか、峰岸もマネージャーさんの気持ちを知って協力してあげてるんだ。
 だったらここに二人でいる理由がうなずける。 さりげなく話を合わせた。
「あのマネージャーさん、まだ二年生なんだよね」
「ああ。頑張り屋だし真面目な子。 横田に自分にないものを見てるんだろうな」
さりげなく毒舌だ。
そういえばさっき私も告白のことを聞いて、横田くんに伝わるのかなと即座に懸念が飛び出たのを思い出し、笑いが込み上げた。
「でもなあ、卒業だし、引越しだし………なんだか哀しいね」
私の声は広いグランドを吹き抜ける風にのって消える。
 この時間も、この場所も、すぐに思い出になって去っていってしまう。
 真っ暗で、校庭沿いに植えられた木の茂みが黒々と浮き上がる空の下、私たちはどこまでも小さかった。
 期待しても別れがすぐにくる。 なのに、彼女は横田くんにそれでも告白したいと決めたのだ。
 なんだか無性にさびしくなり、横にいる峰岸と二人きりでこの静かさの中にいるせいか、峰岸にどうしてか触れたくなった。
友達としては物の貸し借りの時やふとした時に手が触れることは今までもあったけど、今それをするには何の理由もあるわけじゃないし、どう考えても不自然だ。 彼女でもないくせに。
寒い、というように両手を前で擦り合わせ、そんな急な衝動をごまかす。
最後にこんな風に二人きりになれたこの時間が愛しかった。 こんな機会はおそらく、もうない。
ただの片思いだけど、大事に覚えておこうと思った。
 その瞬間、ぐいと前で合わせていた手を引かれてバランスを崩した。
 驚いて目を見張る私は、私の頭を見下ろすように近付いてくる峰岸を、ただバカみたいに見つめていた。
「峰岸?」
 引き寄せられてスッポリと峰岸の体に包まれたのがわかったと同時に、信じられないほど体の熱が高まってますます体が硬直した。
「な、なんだろう?」
「見習おうかと思って」
 耳元に峰岸の吐息がかかって、身を竦ませた。 動揺するあまり、ますます背が反った。
「な、何をかな?」
 なんでこんなバカみたいに間抜けな返ししかできないんだろう、と咄嗟に自己嫌悪に陥ったが、すぐに状況へ意識が引き戻された。
「ごめん」
「何がごめん? あの、峰岸」
「こんなに小さいんだな、沢口って」
「意味がわからないよ峰岸」
きつくはないんだけれど、その拘束はあまりに突然だったから私の動きは封じられて、鼓動はますます激しく波打つばかりだ。
 髪になにか柔らかいものが触れて、それからわずかに私たちの体に隙間が生まれた。
 目の前で見下ろしてくる峰岸の表情が、その薄暗い背景に溶けてよく見えない。 きっとみっともないくらい紅潮してるこちらの頬も峰岸には見えないだろうと勝手に期待した。
「沢口」
「うん」
「俺、ずっと沢口を好きだった」
 ふっと笑う気配がした。 よく見えないけれどきっと今、いつものあの柔らかい笑みが浮かんでいるんだろう。
 もうこっちはビックリしすぎて、痛いくらいに目を全開にし声を失ってた。
 峰岸が私を好き。
 その意味を、何度も何度も胸の中で反芻する。
 峰岸も、同じだったんだなんて。
「諦めてたし、言うつもりもなかった。 だけど相沢を見てたら、何だか最後くらいはって……伝えたくなった。 急に沢口に触れたくなって、我慢できなくなった。 ごめんな。 卒業式でもう一度会うと思うけど、怒ったなら無視してくれていい」
 慌てた。
 何で私が断る前提で話しているんだろう、峰岸は。
 慌てたあまり、自分にしたらとんでもない行動にでてしまった。 離れていこうとする峰岸の両腕を捕まえてこっちから抱きついたのだ。 これには自分が慌てた。 峰岸もアゼンとしているようで、狼狽のためか体が横にずれた。 引っ付いてる私も、その動きにならって横に移動する。
「さ、沢口?」
「待ってよ。 私だって好きなんだけど。 まだそれも言ってないのにどうして断った話になってるのか、そこがわかんないよ」
 私の早口に、峰岸のはるかに上にある頭がぶれた。
「好き?」
「そう!」
「お、お前が俺を?」
呆然としてるみたいだった。 その時になって自分の突発的行動にハッと気がつき、うろたえた私はパッと両手を離して後ずさろうとした。 それをまた綱引きみたいに今度は峰岸から手が伸びてきて、舞い戻らされた。
「あっ…」
また、耳に峰岸の白く吐かれた息がかかり、恥ずかしさに身をよじる。 怖いくらいに今度はしっかり抱え込まれ、頬が厚い胸にへばりついた。
 上のほうから切なそうな苦しい息が降る。 もう心臓がおかしくなりすぎて、自分で自分が制御できずにいた。
「そんな声だすなよ、やばいから……」
「いや、ビックリしたせいだし………」
 しばらく外気の冷たさも忘れるくらい、体が恥ずかしさで燃えるように灼熱していた。 だけど次第に湧き上がっていく嬉しさは今まで経験したどんな喜びよりもはるかに大きくて、迫ってくる卒業も遠距離も別れをも全てを忘れさせた。
 峰岸の大きくて長い指が私の背中と髪を撫でる。
「あのさ………全然、こうなるって想像してなかったから俺テンパッてるんだけど、一つ聞いていいか」
「う、うん。 いいよ……」
「遠距離って、どう思う?」
「わ、わかんない………した事がないから」
「まあ、そりゃあそうだろう。…………そうだよな。 難しいよな」
「でも、終わらせたく、ないよ。 せっかく通じたばっかりなのに」
意図せず泣きそうな声音になってしまい、峰岸は優しく私を抱きしめた。
「……………うん」
 静かに冷たい指が私の頬のラインをなぞった。 その指が震えてるのが寒さのせいでなのか、緊張のせいなのかは私にはわからない。
 指があごに触れたのと、もう片方の手が後頭部へ差し込まれ上へと引き上げたのと同時のことだった。
冷たくて柔らかな感触が、こちらの唇の上を覆って、ちょうど吐いた息ごと飲み込んでいった。
 今までになく近付いている峰岸の顔が、ふっとほころんだ。
「こんなに冷たくなって。 部室にちょっと入ろう? 風くらいは遮れるから」
「うん。 いいのかな」
いいよ、と部室に入って彼が電気のスイッチをつけた時に、まぶしさに一瞬目を細めたそのすぐ後に、峰岸の耳のへんが赤くなっているのに気がついてしまった。
いつも大人で落ち着いている峰岸のあまりにらしくないその色味に、こちらの軸がグラッと揺れる。
あの不意打ちのキスに負けないくらいに。
「あのね」
 急に泣きたくなった。 そんな突然の私の涙声に、弾かれたように峰岸は振り向いたようだった。
「ずっと、ずっとね。 私も好きだったの。 ごめん、勇気がなくてずっと言えなくて」
 今までの色んな気持ちが溢れてきて、とまらなくなった。 静かに目を拭っていた私の前に、峰岸が腰をかがめ同じ高さに目線を合わせてくれた。
「もっと早く俺から言えばよかった」
 それからまた柔らかい笑みを浮かべた気配と、私の頭をゆっくり引き寄せた、まだ冷たい指の感触。
「宝探しを、今年に限ってやってもらってよかった」
 そういえばそういうコンセプトだった。
 問題は山積みで、あまりにも先は遠くて見えない。 
 でもこの時間を持てたこと、この時間をずっと好きだった峰岸と共有できたこと。 それは、本当に大きい。
 今頃、友達のカップルと横田くんとマネージャーも、二度とない時間をこの敷地内で過ごしてるんだろうか。
先がわからない不安より、たった今の私は目の前にある暖かい瞳にまっすぐに自分が映っていることに感無量となってしまって、またもや霞む視界に困ってちょっと微笑んだ。




----------------------------------------------------------------------------------------------------------


横田「俺関係ねえええええええええええ!!」 
杉山「爆笑中です。 しばらくお待ちクダサイ」
横田「何だよオイ! 峰岸、あん時そんな事してたんかよ! あのムッツリスケベ!」
杉山「どこがどこがムッツリなのよ~! すごく素敵じゃんっ。 私もこういうの、いつか出来んのかなあ~。
   ていうか、横田この日告られたんだね!! どんなだったの!?」
横田「あー………。 ガン見されてんなとは思ってたけど、俺のことが好きだったのかよってビビってるうちに
   平手打ち喰らったのしか覚えがない」
杉山「笑い死ぬ」
横田「でっ、でもな! その後はちょっとは文通したんだよ相沢とは」
杉山「もうお腹が苦しくてダメだ」
横田「くそー………でもな、これで俺が生粋の北海道育ちじゃないって分かっただろ? カニもそりゃあ怖いさ。
   大学から住んだだけなんだからな!」
杉山「はいはい、それでプレゼントって何だったんですか? 新聞紙に包んであったブツは」
横田「忘れた。 えーと何だっけ? ユニフォームだったっけか、バスタオルだったような気も……」

杉山「ご卒業、おめでとうございます。 時間は取り返しがつきません。 どうか心残りのない卒業をお迎えください。
   心から、おめでとうございます!」





バレンタインデーなのに
祝卒業のプレゼントでした

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12 合コンの余波、それはとてつもなくビッグウェーブ

6 合コンの余波、それはとてつもなくビッグウェーブ

ビッグワッフル




   6 合コンの余波、それはとてつもなくビッグウェーブ




 その夜、結局まだ九時すぎくらいに朦朧とマンションへ戻った私は、
下のコンビニから出てきた御厨とバッタリ鉢合わせた。
私と目が合うなりムダに端整な顔をほころばせて、買ったばかりらしい雑誌を手に見下ろしてきた。

「よっ。 どうだった、楽しかった?」

 説明したくないです。 じゃっ。

 何の返事も返さず、力の抜けたまま素通りして階段を目指したら、
なぜか御厨がさっきまでの愉快そうなナリをひそめて追っかけてきた。

「どうした? 何かあった?」

意図せず、どうもこちらのあからさまに失意のドン底へ沈んだ様子が
面倒見のいい御厨の心配魂に火を点けてしまったようだった。
思わず見上げて、無言になった。

言えない。
イエローだなんて。

絶対この人は笑う。 涙をこぼして笑うかもしれない。
そんなのは嫌だ、こんなにミジメなのに恥の上塗りをしてたまるもんかと顔をしかめた。

「別に」
「別にって顔じゃないじゃんか。 何かひどい目にでも合わされたのか?」

真剣に熱くそう聞いてくる御厨をななめに睨みつつ、こんな風に聞かれたら余計言えないんだけどと脱力した。
頼むから一人にしてくださいよ。
と思うが、見るからに純粋な心配一色の隣人にそう怒鳴るほど私は人非人には成り切れっこない訳で、
どうやって撒くかとちょっと悩んだ。

「えーと……別に手を出されたのでも、ホテルに引っ張りこまれそうになったのでもないからご心配なく」

一応それだけ告げてやって、義理は果たしたと上へ向かおうとしたが、もう一度腕をとられた。

「なあ」

 少し苛立ったように御厨がしつこく続けてきた。
 
「そんな顔してるとこ、放っておけないんだけども。 何でもいいから言ってみ。 相談にのるから」
「嫌だ。 絶対笑うもん」
「笑わないよ」

いや嘘だ、嘘じゃないと言い合いになった。
横田とならともかく、御厨にしつこく絡まれるのは今回が初めてで、なんでこんな深刻がられんだろと素で困惑した。
無言のままうつむく私に、業を煮やしたのか強引に腕を引かれ、階段を登りだされて焦った。

「離してよってばっ」
「ともかく、こんなとこにいつまでもいたら風邪を引くだろーが。 俺んちに来なって」

行くなんて返事なんか一つもしてないってのに御厨んちへ連れ込まれて、コタツに座らされ、
ついでにゴンとコーヒーを出されていた。 年季の入った兄貴型お節介マシーンには勝てん。
 さあ話せモードを一向に譲らず、向かいで気怠く煙草を吸い始めた御厨に閉口して、気まずくコーヒーをすすった。
熱いコーヒーのせいで、今までの酔いで膨張していた自己憐憫が少しだけ和らいだような気がした。

「で?」

 だが、しつこい。

「なんでそんなに聞きたがるの? 笑われんの、もう本当に嫌なんだってば」
「笑うかどうか話してみなよ。 絶対にないから」

 真剣にそう返され、どこまで本気なんだよとチラッと睨めつけたが
目が本当に心配そうに翳っているのがダイレクトに飛び込んできて、何だか冷や汗が出た。


 相当、大事を心配されてる顔だよコレ。


 最初は情けない私への評価を話して笑われるのが億劫で嫌がってたんだけれども、
こうも大事を期待されてるような表情で待たれると、悩み内容のしょぼさに呆れられるんじゃないかと
今度はそっちが情けなくて話しづらいじゃないか。
詐欺にあって全財産を失ったとか、生き別れの親が突然会いにきたとか
そういうドラマティックな悩みじゃないと打ち明けづらいこの空気をどうしたらいい。

 横田には絶対言わないでよと釘を刺すと、なぜかちょっと拍子抜けしたようになったが、
大きくうなずかれて渋々口を開いた。

 散々もったいつけたくせに全部を話すのはあっという間だった。
イエロー説の件で話を締めくくり、疲れて口をつぐむ。
そんな私を真向かいの御厨は、切れ長の眼差しで真剣に貫いてきた。


「それで?」

「…………」


 続きを真摯に待たれて、本気で困った。

 私にとっては致命的な打撃だったのに、御厨にとっては経過の中の一コマに思われて心外もいいとこだ!

 それで終わりなんだけど……とこっちがバカ面で返すと、
しばらく部屋に何ともいえない間の抜けた沈黙が流れた。



 笑う。
 笑うぞ。



そう思って観察しまくっていたが、予想に反して御厨は笑わなかった。
ただ、ふうと肩の力を抜いただけだ。

「なんだ。 それで落ち込んじゃったの。 まあ、よかったけど変な目にあったんじゃなくて。 でもさ」

複雑な顔で向かい合う私に、御厨ははっきりとした口調で続けてきた。

「そんな、初対面の男には分からないよ。 杉山にはいいとこが一杯あるけどさ、
 そんな会ったばかりの表面を撫でただけの連中にわかるはずがないんだって。 
 そういう質問だったら、俺とか横田にすればよかったのに」

その二人が問題だからそもそも合コンに出向いてたんじゃないかー!

思わず眩暈に襲われながらも、反論をするためにガコンとコーヒーのマグをテーブルに振りおろした。

「会ったばかりの連中にすぐわかんなきゃ、ずっと彼氏なんか出来ないじゃん!」
「合コンでうまくはいかなくたって、他にも色々出会いの場はあるだろうが」
「御厨さんだってコンパには行っといでって言ってたくせに」
「彼氏作りに行けって言ったわけじゃない。 人脈作りに楽しいかもと思って言っただけだし」
「ねえ、御厨さん、レンジャー戦隊のイエロー呼ばわりの意味わかってんの?
 カレー大好きなんだよ。 そんでもって人数合わせなんだ」

 そこで初めて眉間にしわの寄った御厨が口元を抑え、
「悪い、そこ詳しく教えて」と言ってきたので乏しい屈辱情報を語った。


 そうして、今度こそ笑うぞと思って顔を穴があくほど見つめたが、笑いこそはしなかったが優しく微笑まれた。

「いいじゃん、三枚目。 最高の誉め言葉じゃんか。 なんだ、割とよく分かってる男でよかったな」


よかあない!


思わず立ち上がって「帰ります」と言うと、驚いた顔で引き止めてきた。

「続きを聞け」
「いいです、もう」
「いいから」

御厨まで立ち上がってきたので、二人向き合って果し合いのように見合った。
 もうほんとにいい加減帰してよと、自分にも嫌気がさし、私はヤケになりかけてきた。
御厨が悪い人間じゃないのは分かっていたが、このまま引き止められてずっと会話を続けたら
当り散らしてしまいそうで嫌だった。
一人、部屋で落ち込みたかった。
こんな暗い時に、善人と一緒に居るのは嫌だったのだ。

 そんな風にそっぽをむいていたので、御厨が話しかけているのに気づくのが遅れた。


「あのさ。 杉山」



       

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13 御厨トチ狂うの巻

6 合コンの余波、それはとてつもなくビッグウェーブ

緊迫の場面なのに、御厨の声はなんだか優しかった。
意に反し、思わず聞き入ってしまったくらいに。

「あのさ。 杉山のいいとこは」

やたら引っ張るなあとは思ったけれども。

「そうやってムキになる箇所がちょっと変わってて、なんだか憎めないとこ。
 ムードとか色気とかそういう一発で見えるもんじゃなくて、杉山のよさは一緒にいて楽しい人間だってとこ。 
 杉山が一人いるだけで、俺ら近所チームはいつもなんだかんだ笑いが絶えないだろ。 
 それは杉山を笑いものにしてるんじゃないよ。 可愛くて笑ってるんだ。
 こないだの、俺のテクを盗むとか素晴らしい相手といつかちゃんと出会うんだとか、ある意味すごく言い辛いセリフを
 臆面もなく思いっきり本気で思って言ってのける、そういう性格が可愛いからなんだよ。 
 そういうお前のいいとこ、わかって見返してくる男が絶対に現れるって。 そのまんまで、小細工する必要なんかないよ。 
 俺が保証する」


 ちょっとの間、フリーズしてた。


 ずっと私が欲しかった言葉をくれた、初めての人間が目の前にいた。
 こういう自分でも可愛いと、君こそが俺のずっと探してた子だとか言ってくれる人が
どっかにいるんじゃないかってバカみたいにずっと夢見てきたけれど、
現実では見事に、誰一人としてそう言ってくれる人なんか居なかった。
まさか全部を認めて誉めて、その上保証してくれるだなんて、全く意表をつかれてしまった。

臆面もなくよく言えるもんだ、と呆れているよーなニュアンスの
ちょっと引っかかる部分は正直あったけれども。
それに「笑いが絶えない」ってのは嘘で、
「ケンカが絶えない」が正解だと思うんだけれども………。 (横田のせいだけども)

「うっそだ。 御厨さんだってそうは言っても、私のことなんか女って目で見れないくせに」

思わず悪態をついていた。
嬉しかったけど流れで素直になり辛かったというか、まあ照れていたのかもしれない。
向かいで同じく立ったままの御厨は、溜息をついているようだった。

「見てもいいの?」

 言われた意味が浸透するのに手間取って、何拍か後になってやっとギョッと見返した。

「ハイ?」

「じゃあ、見るよ。 杉山は横田のほうがお似合いだって思ってたけど、許可がでるなら今から見るわ」


 何言ってんのこの人と仰天し、溜息をつきヤレヤレといった風情の目の男に
バカみたいに口を開けたまま釘付けになってしまった。


 流れが、サッパリ見えないんだけど。
 それもそんな今からって………今までは全然意識外だったわけだよね?


 なんでさ。


「つきあってみる?」


 その言葉はトドメを刺してきた。

 衝撃で固まる私に、座ってとうながしてきたが、動転している私には何の動きもできず、
立ちすくみ続けるだけだった。
 仕方なくといった感じに近寄られ、肩を両方押さえられコタツへ引き戻され、
何事もなかったかのようにそれから御厨も向かいの席に戻った。


「俺じゃ嫌だったらそう言って。 杉山よりずっと年上だし……お前十九歳だろ。
 俺は二十七だしな。 反論があるなら、今なら受け付けます、はいどうぞ」


目玉オバケみたいな顔になって、見返すことしかできなかった。

何言ってんの、この人。
どうかしちゃったんじゃないの。

 しばらく静寂の続いた室内で、御厨は「はい、時間切れ」と一人芝居を続けていた。

「じゃあ、つきあおう」
「軽っ………ちょっと待って。 意義あり!」

 思わず教室のように挙手をし、先生に正々堂々訴えた。

「だって御厨さん、私のこと好きじゃないじゃん。 なんでそうなんのか、全然わかんないんだけど。 軽くない?」

もっとつきあうっていうのはこう、ほほえましいエピソードとかきっかけとかがあってと
精一杯ヘンだからそれと訴えてみたが、やや手厳しい表情をした御厨は一蹴した。

「杉山はさ、合コンで彼氏作る気満々だったんだよね。 合コンで一回会ったきりの奴とつきあえるんでしょ?
 どっちが軽いの」
「そ………………」


 堂々と調子を崩さない御厨に負けている感のある状況下、言葉につまりまくって
脳内は次に繰り出さなきゃいけない主張を懸命に探しまくった。
そんなグルグルしてる私を見守りながら、煙草を押し付けて消している御厨だった。


「今日はもう遅いから部屋に戻りな。 大丈夫、そんな急にどうこうしないから。
 あ、でも明日の夜はうちへおいで、夕食作っとくから。 何が食べたい?」
「え? 何って、ちょ……」

そうじゃなくてとうろたえる私に、ハハハとおかしそうに笑い頭を撫でてきた。

「急に言われても困るか。 じゃ、明日杉山が学校に行く時にまた上から聞くわ。 考えとけよ」

メニューを?
つきあうかどうかを?


どっちだよ。


 五里霧中ですごいマヌケ面になってる私の反応を華麗にスルーし
膝を伸ばして立ち上がり、私をコタツから引きずり出し、玄関へ向かわせる御厨であった。


 アゼンとしたまま、そんな男を見上げ怯えていた。

 わ、訳わかんないよ。
 この人、宇宙人?


「じゃね、おやすみ」

 ニッコリ笑ってドアが閉められた。
 文字通り締め出された私は、成す術もなくそのドアのまん前でポカンと立ち尽くしていた。


 えーーーーー!?

 何なの、この展開は!

 言いたいだけ言ったからポイッて感じじゃなかった、今!

 
 頭を抱えて、呆然と脳内でのたうちまわった。
 ちょっと整理してみよう。
 レンジャーイエローで三枚目の落伍印を押された私を慰めてくれて、いい人見つかるって俺が保証するよ宣言をされ、
なぜかいつの間にかつきあおうって言い出されて、夕飯の約束をしたんだよね。
 だから、なんでこうなんの?
 あんな、いつものまんまでサラッと『つきあおう』って、一体どうなってるんだ。
 同情が横滑りしたのか、それとも保証した建て前上、引けなくなったというのか。
 言ったセリフに引っ込みがつかなくなって、妙な言動に走っちゃったってだけで、本気じゃないよね。
 つうか、横田のほうが似合いとかとんでも発言してたよな、ドサクサまぎれに。
 それは在り得ないから!
 いや、御厨とってのも大想定外なんだけども。

 しばらく四苦八苦していたが、いつまでも寒空でこんがらがっていても埒が明かないと気づき、
仕方なく呆然としたまま二軒先の自室へ戻っていった。


 よくわかんない展開だったけれど、きっと明日になったら
「やっぱやめ」「ごめん、ジョークジョーク」と笑って誤魔化されて終わる。
いつもの私のパターンとしては、きっとそうだ。 間違いない。
信じるな。 バカをみるぞ!

 そう念仏を胸で唱えながらその夜の残りを過ごした。


 寝際に携帯をのぞいたら、トモちゃんたちから
『でもいい、かっこいいから♪ 食われてきまーす』
というメールが届いていた。
 マジか、と慌ててサトミや麻紀のも続けざまに開いてみたが、内容は同一であった。




「…………………」




 世の中の全てというのはだな。
私以外のところで、想定外だらけの流れでもって、
いつも廻っているものなのだよ。





                                <つづく>




makiサン、メッセどうも^^
横田は横田のくせに「横田詠史」と名前だけはナイスガイなんです
ちなみに御厨は「御厨 容」(みくりや よう)でございます


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14 彼氏なのか保護者なのか

7 彼氏ができたらしい

うまそー





   7 彼氏ができたらしい





 朝、目覚ましで起こされても、まだ夢の中にいる気分で朦朧としていた。

夢見心地とかそういう可愛いやつじゃない。
寝不足で、体がベッドへ戻ろう戻ろうとする、アレだ。
親に叩き起こされて駄々をこねる小学生みたいだと思いつつも、なかなかベッドから離れがたく
今日の休めない授業を思い浮かべ苦悩していた。

 あんな事を言われたせいで、中々寝付けなかったせいだ! 

 自慢じゃないが、寝つきがいいのは私の数少ない特技なのに。
 昔、合宿にいった先の地方で震災に深夜襲われた時、激しく揺れる地震の中
一人起きずに寝たまま地震に揺られ続け、
誰かに揺り動かされてるんだと寝ながらカン違いでもしたのか
「もう食べれな~い」
と幸せそうに寝言を言う天下泰平面でしつこく睡眠を継続する私を前に、
「紗江いつ寝た!?」
「一分も過ぎてないです!」
「寝たばっかで、この揺れに起きないのは何でよ」
「わー杉山先輩、揺すっても起きない! マジ寝です!」
「死ぬからコイツ、いつか絶対!」
と先輩同期後輩らの怒声が飛び交ったってのは地元極小部で伝説となっている。

のび太も真っ青のおやすみ三秒、どこでも寝れて一度寝たら起きないの三拍子の私なのに、
昨夜は結局、何度も寝返りを打ちまくり、横の横田の部屋のそのまた奥で寝ているはずの
御厨が頭から離れず、のたうちまくっていたのだ。
でも絶対、御厨は何も考えずスヤスヤ寝ていただろう。
そう思うと腹が立つ。
こちとら、どんな事があっても六時間は睡眠をとらないとダメな体質なのに!

「可愛い」とか「つきあおう」とか「そのままでいい」とか
そういう恥ずかしい甘いセリフに慣れてなさすぎて、
思い出しちゃ羞恥に悶え転がりまくっていたせいで、
隣の横田が深夜二時に帰宅してなぜか「ぬおー!」と叫び、倒れたみたいなのも深夜聞くはめに陥った。
壁伝いに怪訝と眺めたものだ。 (ここ、壁薄いんだろうか)
酔っ払って何かに足を引っ掛けてすっ転んだんだろうと推察し、そんなノンキな男が異様に恨めしくなり
(バカめ)と冷めた思いで隣りを睨んだ。
平日に横田が帰宅が遅いってのも、知りたくもないのに初めて知った。
まあ、どうでもいい情報ナンバーワンである。

 まだぼんやりする頭を仕方なく上げ、溜息をつく。
 御厨は、ちょっとやそっとで動じるタマじゃない。
クソ~こっちばっかり翻弄されて情けない、と
呪うような気持ちで壁の向こうを睨み、のろのろと朝の支度を開始した。
今日もビッチリ授業が詰まった上に、バイトもして帰るのだ。
こんな朝っぱらから倒れそうではマズイのである。

 階段を下り商店街へ降り立つと、宣言通り上から降ってきた御厨の声に
ビクッと肩が揺れた。
引きつった真顔で見上げたら、そこにあったのが案の定すっきり眠ったらしい涼しげな顔だったもんだから
この上なく恨めしげに睨む私であった。

「おはよう。 何が食いたいか決まった?」

いつものまんまの調子に声である。
昨日のアレはやっぱり幻覚かと首をひねりたくもなる。
今日もサラサラの短髪の下に凛と釣り目の御厨は、余裕シャクシャクに楽しげだった。
その睡眠タップリとりました顔に腹は立ったが、メニューは告げさせていただく。

「おはようです。 クリームシチューが食べたいです」

一応希望を伝えたら、オッケーと指で丸のサインをして笑って手を振ってきた。

「いってらっしゃい」

いってきます……
とこっちは背後を振り返り振り返り、首をひねりながら駅へ向かった。

 夢じゃないからメニューを聞かれたんだよなあと思いながらも、どうにも納得がいかなかった。
もしかして御厨にとってのつきあうっていうのは、私が願うソレと意味合いが違うんじゃないだろうか。
電車に揺られながら目をつぶり、苦悩した。



 大体、あんないい男がなんで私と?



横田に言われたんだとしたら飛び蹴りをかますが、
自分で思う分にはいいのだ。

 御厨はつきあうっていうのをクッキング教室を開くのと同じくらい、
軽く捉えているんじゃないだろうか。
そこらへんの違和感が拭えず、戸惑いっぱなしもいいとこだ。
まあいいや、夜にはまた会うわけだし、そこでハッキリさせりゃいいし。
それまではあんまり深く考えないで、クリームシチューのことだけを考えていようと溜息をもらした。

 学校へ行くとまだトモちゃんたちは来ていなかったが、昼のランチタイムには学食に勢ぞろい。
私より単位数が少ないのもあるが、それにしても昼までというからには
絶対に授業を一つや二つ、ボイコットしてるはずだ。
朝帰りの上に授業まで。 恐るべし。

「おはよう」

 横目で睨みながらそう棒読みしたら、不真面目三人組は笑っていた。
 友達だが、ノリが軽すぎて呆れる。
トモちゃんが「後くされのない一晩キリの関係って好き」ってアホ言ってるのは前から知ってはいたが、
まさか麻紀やサトミまでとは仰天だ。

「あっはっは、ウッブー。 そんな目で見ないでよ、紗江もせっかく話が合ってた男いたんだから、
 あの人と遊びにいけばよかったのに」
「あ? ああ――――――高野くんね」

その後のほうがビッグウェイブ到来だったため、すっかり忘れていた。
だが高野の方ももう今頃は私を忘れているだろうの予想に、5百円賭けてもいい。
サトミが私の携帯を取り上げていじりだしたので、何してんだと驚いてたら、
「ジャーン」と液晶面を顔の前に突きつけてきた。

 そこには「高野 雄作」という名前とメルアドが登録されていた。

「ギャアー! あんた何してんの」

思わずその迷惑行為にわめいた私の前で、反省のかけらもなく
意味深にニヤニヤして顔を見合わせているサトミらであった。

「なんかねー、後でシンくんの携帯に高野くんから電話がきてね。 なんか紗江に悪いことしたから、
 今度お詫びにマージャン教えてやるからヒマだったら連絡してってメアド登録頼まれたの。
 どうすんの紗江~。 出会いキタじゃん!」
「きてません!」

携帯をひったくりながらそう返したが、三人ともヒューヒューとはやす一方で聞いちゃいなかった。
お詫びにマージャン?
私はもう、クッキング教室だけで手一杯だ。

 気だるそうな三人の昨夜を連想しないように四苦八苦しながらの学校を終え、
常連も店主もおじさん一色のお店へバイトに向かい、「女給さん」とクラシカルな名前で呼ばれて過ごし
七時過ぎに帰宅した。
 一度自分の部屋にバッグをおき、約束通り一応、御厨の部屋のドアベルを鳴らした。

「おかえり、疲れたろ。 ごめん、俺も仕事つまっててまだ全部できてないからさ、
 先にシャワー浴びてきちゃいなよ」

なんならここで入ってもいいけど と赤面もののセリフをアッサリ吐かれ、
「帰ってしてきます!」とわめいてまた出戻った。
シャワー後にオシャレする気にもなれないので、部屋着兼パジャマのスエット上下でまたお邪魔した。
もうこの姿も、二階住人には見慣れられているのでちっとも気にならない。
トモちゃんたちがこの場にいたら「アンタ女でしょー!?」と即座に脱がされ、色っぽい外着を押し付けてくるだろう。

「今日はカーキ色なんだ」

人のスエットの色を数えて楽しんでいる御厨はウケながら、部屋へ招き入れてきた。
全くいつもと変わりない。
なんとなく安堵するような、詐欺にあったような複雑な気分でコタツに座った。

「何か手伝おうかー? 御厨さん」
「じゃ、これよそって運んでくれる」

リクエストのシチューの鍋と皿を示され、歓喜の声をあげて駆け寄った。
美味そう~!と目を輝かす私を、今夜も御厨はおかしそうに笑っていた。
これまたいつも通り、「大きくなれよ」的なあったかい保護者目線が温かい。


「カレーが作れるようになったら、これもできるようになるよ」


発言の隅々に教室を感じ、ひるむ私に余計おかしそうだった。


 クリームシチューだけでもう大満足だったのに、なんとタンドリーチキンやグリーンサラダまでついてきて
頬が緩みっぱなしになった現金な私だった。
食い物を目の前にすると、昨夜の呪いも跡形なく消えていく。
私を懐柔したけりゃ、美味いもんで餌付けすりゃ一発だ。

「なんか、クリームシチューっていうと冬!あったかい家!って感じがするよねえ。
 外食じゃあんまりメニューに置いてくれないから、余計家庭料理って感じがするんだ」

熱いんでハフハフしながら頬張ってそう言うと、噴き出していた。



「あのさ。 前から確認しなきゃなと思ってたんだけど、
 教えたもん、ちゃんと自分で作ってみてる?」



いきなり触れてほしくない分野の話に立ち戻され、
黙り込んでスプーンを口へ運んだ。


呆れた顔をやっぱりされたが、どこかでやっぱりねという色もうかがえる。
半笑いで続けられ、萎縮したまんまの私はというと、必死でいつものように目をそらしていた。


「マジで簡単だからさ、週末だけでも挑戦してみなって。 ね」


頬杖えをつきながら微笑んでる御厨から
私にはない艶っぽさが意図せずビームで突き刺さる。

そんな無駄な色気いりません。
ついでに料理も復習なんかしてないから追及もいりません。




料理が邪魔をして色っぽくならない
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makiサマ、るサマ
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15 やっぱり彼氏みたいだ

7 彼氏ができたらしい

 グッとつまり、できるだけ普通に見えるよう苦心しつつ、そっぽを向き逃避する私だった。 
 できる人は皆そう言うんだよ。 
 でもそれは驕りだから。

人には向き不向き、役割分担てのがあって、
私のように食べる専門が向いている人種だっていて……

考えれば考えるほど、男に生まれてくればよかったと歯噛みするしかない。

男だったら横田じゃないけど「彼女に作ってもらうからいいんです、ほっといてください」とダッシュで逃げれるものを。

でも別に、私が特別グータラ人間てわけじゃないんだから!
料理には確かにからきしやる気が起きないけど、バイトだって授業だって頑張ってるんだし、
こないだバイトで会話の中に唐突に心理テスト入れてきやがった客に
「君はグータラだけど真面目で優しいって結果出たよ」って言われたし!

 まだしつこく魅惑の眼差しで返事を待っている愉快そうな男に、言い逃れを発射した。

「でも私んとこ、あんまり調理道具ないんだよ。 そこからなんだもん」
「じゃ、今度一緒に買いにいこ。 だと思った」

愕然とし、あやうくシチューを引っくり返しそうになった。
「おーあぶね」と顔面蒼白の私から御厨が伸ばした手がスプーンと皿を上手にキャッチし、
ムンクの絶叫みたいな顔で静止してる私をしげしげと観察していた。

しまった。
ヤブヘビだ。

断固やなこった!
私は即座に反撃にまわった。

「いやだー! それって何? 私のお小遣いで買うってー事なんでしょうか!?」
「そうなるね」

ニッコリ微笑む御厨はいつも通り楽しげだったが、そのバックに黒いオーラが見えた。
絶対気のせいじゃない。

「冗談じゃないよ! なんでそんな必要もないもんに、尊い労働報酬であるバイト代を使わなきゃなんないの」
「必要ないもの、じゃない。 体のためにも節約のためにも、一番いいのが自炊だろ?」

正論に一瞬怯んだが、負けるわけにはいかない。
私のバイト代は、東京の一人暮らしを渋りまくって今でもイイ顔をしていない親から
家賃と学費以外は自分で何とかしろと放り投げられているせいで、食費や交際費や
たま~~~のオシャレ散財のために使うものであって、けして鍋やまな板に使うものではない!

「わ、わかったわよ。 じゃあ自分で用意するから。 百円ショップまわって………」

握り拳で耐えてる私に対し、伸びやかな肢体をこれみよがしに色気搭載で大盤振る舞いの
御厨からふっと吹き出されて、そして一蹴、吹き飛ばされた。

「だーめ。 いくら初心者でも、いい物で始めなきゃ。 切れ味の悪い道具で最初から気をそがれるようじゃ困るし
 そんなのは長い目でみていい買い物じゃない。 一緒につきあうから良品を揃えようね」

ガッ。

声を失い、やっと出た反論は自分でも情けないほど泣きそうにヨロヨロだった。


「御厨さんてサドでしょ。 私のことなんかホントは嫌いなんだ」
「何言ってんの。 こんなに可愛がってるのに」
「だ、だったらこんなに私が嫌がる事ばっか勧めないよう!」

半ベソで言い返す私に、御厨はこたつについてた肘を伸ばして私の頭部を
駄々っ子をなだめるように撫でてきた。

「良薬は口に苦しっていうだろ? いい事は傷みを伴わないものばかりだって、誰が言った?
 初期費用の出し渋りは杉山のために反対。 俺は、杉山のためを思って言ってるんだよ」




こ、この男―――――――――――――




 ワナワナしてたら、「もうご馳走様かな?」と皿を下げようとしやがったので
反射的にそれらを奪い返し、くっくっくと笑っている御厨から一生懸命距離をとって、皿を引き寄せ食べ続ける私だった。

先生は逃がす気はないようだ。

やっぱり自炊をしなきゃいけないことになるようで、落胆を隠せなかった。
どっちかといえば、御厨の料理を食べるだけのほうがよかったのだがそうもいかないらしい。
おまけに何か高い台所道具まで自腹で購入しなきゃなんなそうだ。
踏んだり蹴ったりだ。

 ヤケクソで泣きそうな顔のまんまおかわりを何度もし、お腹ポンポコになった満腹の私は「ごちそうさまでした」と頭を下げ、
皿の片付けの手伝いをし、玄関でサンダルをつっかけた。
早く帰りたくてしょうがなかったんである。
また変な思いつきをされたらたまらないよ!
 ああそうだ、変な借りをこの男にだけは作ってはいけない。
焦りながら振り返り、お節介煙草男を引きつった笑顔で見上げた。

「あの、今日の材料費って半分払うよ。 ハンナさんにも御厨さんにもさ、
 教室以外では、作って食べさせてもらいっぱなしだったから気になってたんだよね」

そう早口にまくしたてると、例によって煙草をくわえ腕組みしながら笑っていた。

「いーよいーよ、ハンナさんはともかく俺が誘うのは趣味みたいなもんだから。
 そう思ってくれてるなら、そのうちなんか作って食べさせて。 成果をじかに知りたいし」

そのとたん(何でこう、ヤブヘビ連発になっちゃうんだようー)と脳内で絶叫し頭を抱えた私へ、
にこやかに畳み掛けるかの如くトドメを刺してきた。


「俺の腕を盗むんでしょ?」


大笑いしてる御厨の前、またもや目を必死にそらす私だった。


 じゃあ、ごちそうさまとドアを開けて「おやすみなさーい」と見上げたら、
パッと照明が遮られて目の前が薄暗くなって目をしばたいた。
その暗さに目を慣れさせようと本能が瞼を開閉させているうちに、
天上灯を御厨の頭が遮ったのが分かってきたが、
もうその時点では上から、在り得ないほど御厨のクールな顔が迫っていた。

わっ、睫長っ、鼻高っ、何でそんな色っぽく目を伏せんの。

高速回転で現在状況を分析してたら、向かってきた顔がななめに迫り、鼻が触れ合いそうになって
ギョッと硬直した。



ちゅっと御厨にキスをされていた。




ギャアーーーーー!!





 ここまでが前とサッパリ変わらなかったので、本気で油断していた私は
まっかっかになって仰天し、硬直しまくっていた。
だが、ゆっくり離れた御厨の顔はいたずらっこみたいにニヤニヤしていたものの、何ら変わりはなかった。

「おやすみはやっぱキスでしょ。 また明日ね」
「あ、あい――――――――」

よろけながらもドアの外へ慌てて飛び出したら、閉まるドアの向こうからプッと噴き出す声が聞こえた。

 変わってないようで、変わっていたらしい。
 心臓がえらいことになっていて、自分の部屋の鍵を開けるのに一悶着し、
ようやく開けた後はその場でバタンと倒れて横になった。


 ちょ、ちょっとマジでつきあってんの、昨日から?
 今まで御厨とは、あんなのするムードも何もなかったというのに!


 部屋の中で一人百面相をして転がりまくっていたら、同じ東京に住んでいるお姉ちゃんから電話がかかってきた。
 お姉ちゃんはシステムエンジニアで、某コンピューター会社に勤めてお局の道をまい進している。
年の離れた姉なので一緒に暮らした時期は短いのだが、子供っぽい姉と私は結構ウマが合った。
最初、東京で学生すると私が言い張った時、親は姉のところに住まわせたかったらしいのだが、
もう一人暮らしに慣れ切っていたお姉ちゃんが地団太を踏んで「イヤー!」と拒否しまくったので、
無事別居にこぎつけた過去がある。
結構な美人なのだが、いかんせん男運が非常に悪い人で、今の彼氏も正直私だったら
絶対蹴って捨てるような遊び人だった。

「どうしたの、お姉ちゃん。 何かあった?」
「あのさあ、あんた正月実家帰るよね!」


きた。


眉間にしわを寄せ、言い合いに突入した。

実家に帰省するお金がもったいなくて今回は見送るつもりだった私と、
金はあるが彼氏と過ごしたいばかりにボイコットしたいから
妹だけでも人身御供で送り込むつもり満々の姉とでケンカになってしまった。

お姉ちゃんと二人だとまあ、毎度の行事みたいなもんである。
もっと小さい頃は、アンタのサイダーのほうが三ミリ多い、いやそっちのほうがという
ミミッチイ内容の小競り合いがほとんどであった。

「いいじゃんか、どーせアンタはこっちで過ごしたって孤独じゃないよ。 ここは姉の言う事を聞け!」
「やなこったあ! 今年は絶対、こっちで過ごすんだ。 往復いくらすると思ってんのよ、お姉ちゃん。
 何よ、出してくれるってえの」
「こっちだって旅行の予算でスッテンテンだよ! がめついなあ」
「私だってこっちで彼氏と過ごすんだからね!」
「嘘をつけ、アンタみたいなボケが男作れっか」
「お姉ちゃんに言われたくないわ、短気でガサツなのにさあっ!」

 不思議なのだが、全然つきあったという自覚サッパリだったのだが、姉との口ゲンカ中に
突如ストンと納得している自分がいた。

 私には、どうも彼氏ができたらしい。
 こうも不器用な自分てどうなんだろうと思う一幕だった。

 いやそれよりもまず、見返す対象だったはずのうちの一人とって、どうなんだろうか。






                                     <つづく>



更新遅れてすみません
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16 七転八倒イブ

8 七転八倒イブ

クリスマス、どんだけ先だ





   8 七転八倒イブ




 気が抜けるほど、変わらない日々。


 おかしくないか?


 彼氏ができたはずなのに、あれから全く以前と変わりない生活をひたすら送る私であった。 
 バイトも学校も、クッキング教室も。


 それから、何よりも、御厨が変わらん。


 あんまりに変わりがないもんだから、横田もハンナさんも全然気づいていないくらいだ。
 あれ以後も実は毎晩、御厨にお呼ばれして手料理を振舞われているのだが、
「ハイエナみたいにたかってんじゃねえよ」と横田には上から目線であざ笑われてるわ
ハンナさんには「確かに料理の腕を磨くには、ちゃんと味を知るコトが一番の近道デス」と
これまたクッキング系列思考の温かな眼差しで励まされてるわだ。

「やだー、毎晩一緒ってどういうコト?」
「お前ら、つきあってんの?」

なんて、誰も言いやしないよ。
それくらい、私に対する態度がまーーーーーーったく変化がないせいとも云える。 
近所のお兄ちゃん路線まっしぐらだ。
おかしくないか?

 あった変化といえば、その唯一は、
あの絶叫しそうになった「おやすみのキス」だけで。

 恐ろしいことに、御厨の頭の中で「つきあう」ってのはおやすみキス
ただその一点だけに集約されてでもいるのか、毎晩それだけは継続されている。
いくらトロい私でも(帰りがけのタイミングがヤバイらしい)と気づいてからは、
サッと消えようと急いだり、御厨の手が塞がってる時を狙って逃亡を企てたりはしているのだが、
どうしたことか毎夜シッカリ捕まり、余裕シャクシャクに軽く唇を食われてしまってる。
背中に目でもあんのかよっていう感じだ。

 でも、一瞬だけ。

 それの前後は、日常通り、ただ普通に会話してくつろぐだけ(御厨は)

 最初の日はあんまりに唐突だったもんだから胃が引っくり返りそうになったけれども、
それ以外では特別、どこかに出かけるんでもない、甘い会話があるわけでもない、
憧れてたカップルの姿とはあまりにも違和感がありすぎて納得がいかない。

やっぱりカン違いなのかな、と困惑するものの
「あの、私たちってつきあってるんだよね?」
なんてこっ恥ずかしい確認なんか出来ないもんだからそのまんまだ。
全く変わりない御厨に呆然としながらも、一生徒として毎度の横田との小競り合いを過ごす日々だった。

「うっわお前。 何だよその切り方、それでも女かよ」

 包丁の集中をさまたげる暴言に、手元が止まったと同時にこめかみがピクッと引きつる。
こんな暴言を吐くヤツは当然一人で、そいつは私並みに引きつった顔面で横から睨みつけてきた。

「この切り方にどんな問題が?」

わざと嫌味タップリに慇懃口調で聞き返してやると、怒声が倍で返ってくる。

「デケーよ! イモよりニンジンのほうがデカイってありえねーだろ。 俺は嫌だぜ、食わねえからな」
「切り方の問題じゃないじゃんか、横田がニンジン嫌いなだけでしょうが。 小学生かよ」
「バッカ、カレーだったらちゃんと食えるんだよ! お前のは嫌々切ってるからそんな不細工な切り方になるんだよ、
 女のくせにそれくらい出来ねえでどーすんだよ」
「わあ、また女のくせにって言った! あんたってひどくない?」
「俺より下手ってどうよって意味だよ」
「横田の切ってる肉だって、大きかったり小さかったりド下手じゃないよ!」

「どっちもどっちだよ」

合間に取り成すつもりに見せかけて絶対に落としてくる御厨は、
相変らずの私と横田を心底おかしがっていた。
ハンナさんはそんな横で、「元気デスネー」と今日も流しながらお皿を並べてくれている。

 今日は二十三日、土曜日。
 明日はイブだが、自分らへん周囲は、全くと言っていいほど変化なしであった。

「今日これからさ、杉山の調理道具一式購入に行くんだけど、横田も一緒に行く?」

 今日の課題だった、到達点の一つだったらしいカレーライスを食べながら、
御厨の迷発言に私と横田はグッとのどをつまらせた。


 忘れていてほしい事というのは、人は意外と忘れてくれないものである。
 ハンナさんも今日はオフとかで、顔を輝かせていた。


「わあ、新調デスね、ステキ! 是非ワタシもそれについて行って見たいデス」


ドイツ人である彼女は、倹約精神にのっとって新しいものをあまり買わないそうで、
人のそういうのにつきあうのは大好きデスと何だか喜んでいた。
だが肝心の買えと言われた二名は全く気が乗らなかった。
そんな顔色の悪い私たちを、御厨は本当におもしろそうに眺めていた。
最近つくづく、この人ってやっぱりサドッ気があると思う。

「観念したら? 大体、家に揃ってなくちゃ自炊できないだろうが」
「そっ、それはそうだけど……」
「でも、明日イブなのに………」

反論に苦心する私と横田は目を一生懸命、御厨からそらしていた。
そういう姿が大好物らしい御厨はますます愉快そうだった。 

「イブ関係なーし。 あ、杉山には何か大物、プレゼントで買ってあげようか? クリスマスプレゼントに」

いいです、と目をうろつかせながら水を流し込んだ。
せっかくのクリスマスプレゼントが台所用品だなんて真っ平ゴメンだ。
横田は頭を抱えてうめいていた。

「なんだよなあ、今年のイブ日曜日って。 街中きっと今夜っからカップルで溢れてるぜ。
 マジでおもしろくない」

 私は確かに今や彼氏持ちらしいのだが、その彼氏が御厨である以上、
なんだか普通のカップルイブを過ごせるといった気が全くせず、同じく肩を落としていた。
大体がちゃんとイブを考えてる人間が、イブ関係なーしとか、あんな楽しそうに言うものか。
カレーは美味いのだが、味がどんどん抜けていった。

「ワタシたちも四人で出かけたら、キット他の人にはダブルカップルに見られマスヨ」
「うわあ、そういうもんかよ」
「何だ、じゃああんまり当てになんないじゃんね、街のカップルも」

横田と一緒になってブツクサ騒ぎ、どうにかこの話題から逃れて違う話に持っていこうと意識的に企んでみたが、
そうは問屋が卸さなかった。

「横田。 どうせキッチングッズ、揃ってないんだろ?」

御厨があっさり追及すると、ものすごく不本意そうに横田も渋々うなずいていた。
こいつも復習さぼり組だったらしい。

 結局ルンルンの師匠たちに引きずられて、不肖の弟子チームは街中へ買い物に出かけるはめになった。
横田はこっそり財布をチェックしていて、肩いっぱいの溜息をつく。
私はのぞかなくても財布内の額面を知っていたので、同じく溜息がダダもれだっていう状態だ。
横田なんかと意気投合するのは腹立たしいけど、今日は本気で、
組んで反乱起こせばなかったことにできるんだったらスクラム組んでやってもいいくらい
精神的ダメージが大きかった。


「なんかさ………こういう買い物って、ちーっとも、ウキウキしないね………」
「うん………。 買うんなら、新しい服とか腕時計とかよ。 そんなんだったら楽しいのになあ………」


連行される犯罪者みたいに打ちひしがれつつ、トボトボうめきながら某デパートへ到着した。
ますます顔色が悪くなる往生際悪い生徒二名に、ハンナさんが微笑みながら首をかしげてきた。

「どうしたんデスカー?」
「どうって………ちょ、デパートはやばいだろ、デパートは………」
「何がやばいデス?」
「いやっ、だって、ホームセンターとかで十分、っつか………」

目の前に颯爽と建つ高級デパートを前に蒼褪める私たちに、
ハンナさんと御厨は顔を見合わせて微笑んでいた。

「大丈夫、大丈夫」

「何すかソレ! 全然説得力ないっすよ! フトコロ痛むの俺らっしょー!?」
「場所替えしてくんなきゃ、もうやだ帰るー!」

横田と結託して見苦しく騒いだ成果か、しょうがないなーという顔をされて
やっとこさ泣きついてハンズへの路線変更に成功した。
 それでも売り場につくなり、御厨は楽しそうに振り返ってくる。

「さ、まずは包丁と鍋ね。 菜ばしとかお玉とかは次で。 どれにする?」
「ワア、無水鍋デス! コレ、欲しいわア」
「ハンナさんならそういうのも使いこなせるけど、まずはこの二人はテフロンのフライパンとかでいいよね」

 師匠たちだけがとっても楽しそうで、会話が弾んでいる始末だ。
誰の買い物なんだか分からないし。

 コレでいいかと聞いてくる御厨に「うん」「はい」と片っ端からうなずいてたら
真顔でのぞきこまれた。

「あのさ、これお前のだからね? 使う本人が納得したのを選ばなきゃダメだよ。
 ホラ、そんな引いてないでちょっと実際に手で持ってみ。 重さとかも使い勝手の一つだから」

手を引っ張られてフライパンを持たされても、存在自体が重荷なので重く感じた。
文句ありありの不満げなこっちの恨み目線に、御厨はあくまでも先生節で返してくる。

「嫌がったって、用意しないことにはお前の手料理いつになっても食えないだろ。
 ホラ、自分の事なんだって諦めて、選択がんばれ」

 「はーい……」と低空飛行の気分で返し、弟子チームは仕方なく初心者コースの物選びを始めた。 
今まで一人暮らしを約一年近くやってきたが全く道具なんか持っていなかった私と、
もっと長くやってきたくせにもっと何も持ってなかった横田の買い物は増える一方だった。
それを師匠チームがテキパキと「これは菜ばしで併用できる」「これは蓋つきのほうがイイです」と
添削と削除を繰り返していき、みるみる減らしていった。
 それでも、大きくなった袋をぶらさげて帰途につくはめになり。
 バイト代の大半が飛んでいってしまい、半泣きの私にハンナさんは
「嬉しいデスヨネ、わかりマス! いいですヨネ~新しい道具って」
と、まるで嬉し泣きだと思い込んでいるように労わられて、涙が出そうになった。


 んな訳ゃねーだろ。


 横田とのろのろ目を合わせ、同時に目をそらした。
 価値観の違いって大きいね……と声にならない共感を、この日横田と分かち合えた






本当に季節がズレててすみません
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17 いきなりバイト決定

8 七転八倒イブ

 その帰り道に私の携帯が鳴り出して、御厨が気がつき私の手から袋を取り上げてきた。

「電話だよ、ホラ持っててやるから出な?」

 あーもう誰よと思いながらムッとでると、思いもよらない奴からで目を丸くした。

『ゴメン!俺、高野。 頼みがあるんだよ~!』


 なんでコイツが私のナンバーを知っている。


 ものすごい嫌な顔をして受話器を掴んでる私を、ハンナさんたちがどーしたという目でのぞきこんでいた。


『お前さあ、イブってどーせヒマだろ』
「うるさいなあ、ヒマでごめんよ!」

やっぱりそっか、と向こうの小躍りするような歓喜の声に、思わずブチッと切っていた。
ところが即座にまたかけなおしてきやがり、またもや開口一番「イブはロンリーだよな?」
という無礼な念押しを重ねてされた。

「何が言いたいのよう!」

わめくと、向こうは早口でアワアワしていた。

『悪い! また失言しちまったんだな俺。 お前を女と見込んで頼みがあんの。
 あのさあ、明日の夜バイトしてくんねえ? 喫茶店のバイトできてんだったら、
 ちょっとくらいは料理とか作れんだろ?』


はあ?
と立ち止まって受話器に集中する私を、三人は怪訝な顔で見下ろしていた。


 高野の行き着けの雀荘の経営者のおばさんが倒れたらしい。
 イブの夜に恒例でやる「雀荘パーティー&決定王座」みたいなイベントが
実質開催が怪しくなってしまったのだが、
「お客さんに悪くて穴を開けたくない」とおばさんに泣きつかれ、代行をオッケーしたのだそうな。
 だが高野はとっくにケーキ売りのバイトをよそで引き受けていたので、大学の連中の中から助っ人を探したところ
ところがどっこい日が日なもんだから総スカンされ、やべえと青くなった時にイエローを思い出したのだと説明された。

「またイエローって言ったし!」

激しく罵ると、向こうでわあゴメンゴメンと拝んでいる声がした。
 

『バイト代はずむ! はずむから! 俺のケーキ売りのほうからも出す! だから頼むよ~』


『もうマジで紗江ちゃんしか残ってねえんだよ~』という
失礼千万だが本気で途方に暮れているらしい声を聞き続けるに及び、
ん? とはじめて話の内容が頭に入ってきた。


「おばさんて、そんなにいい人なの?」
『ああ、マジで観音様みたいな人。 メシ食うのに困ってた時とかも、いっつも「いーからいーから」って
 色々出してくれてさ。 恩人なんだよ』


 話を聞けば聞くほど高野の人格とは別に、おばさんはすごく優しい人のようで
何だか簡単には一蹴できそうもない複雑な心境になってしまった。

食べるのに困ってる時に美味しいものをくれる人だなんて、
そんな人がいたら私だって大好きだ。

「具合悪いってどこ?」

 話が進むうちに、会話のこっち側だけを拾い聞きしていた三人が、顔を見合わせているのが分かった。

「やってやんなよ杉山」

横田にそう言われ、チラッと見上げると三人とも三様の表情でうなずいていた。


「でもお前だけじゃなあ。 心配だから、俺もサポートで行ってやる」


 横田のそんな唐突な自発宣言に、思わず携帯を落っことしそうになった。
 私と師匠二名は目を皿にして仰天し、珍しく男らしい横田を凝視していた。


「だって……横田、次の日仕事じゃないよ。 無理なんじゃ」
「いいよ。 それに雀荘には、俺も少なからず思い出がある」


結構いいやつだったんだねアンタ、と思わず感動していたら、
横で御厨は腕組みし、黙って神妙な表情でバカ二人を見下ろしていた。


「あのさ、俺も行くわ。 横田と杉山だけって、超不安」


 御厨の疲労した声に反応して、
「エッいいの?」と弟子二名は思わず喜色満面になった。
「ああ―――」とうめき返しながら御厨は、(このカン違いバカどもめ)という渋い顔をしていた。
確かに私と横田では、小学校の家庭科レベルだ。
だが御厨が参入してくれんのなら、鬼に金棒だ!
ヒャッホーイと喜ぶ弟子たちに、御厨は苦笑すら浮かべてくれなかった。 
その日、本音の部分では御厨に、私ら弟子チームが相当に信用されていないのが判明した。


 だがこういう場合に一番にお助けの手を差し伸べてきそうな師匠ハンナだけは、
なぜか色っぽく困惑していた。


「スミマセン、明日の晩は…………ちょっと、誘われていて、無理デ…………」

「えっ?」


 三人で驚いて、思わずハンナさんにつめよった。

 そんな人がいるなんて聞いてない!と仰天する私であった。
 
 自分も言ってないんだからよく言うよなのだが、
「ひどいですよ~、内緒にしてるなんて」と口々にブーブー文句を言う弟子チームであった。
どんな奴、彼氏なの、馴れ初めはと質問しまくる私たちにオロオロ慌てるハンナさんという形で騒ぐ間、携帯から
『コラーッ電話中なの忘れんなあ!』と怒声が響いていた。








 そしてイブ当日午後、見事に晴れ上がったド晴天の下、横田と御厨とマンションを出て
バイト先の雀荘へ向かう私たちであった。
街を歩いているだけで自然に、寄り添ったカップルどもの姿にドンパチぶつかる。
肩で風を切ってそこを行き過ぎていく私ら三人は、他人からはどう見えるんだろうか。

間違いなくカップルではないな。

私は防寒ダウンにジーンズにブーツだし、御厨はロングダウンの下は見てるだけで寒くなるんだけどなVネックセーターと
カーキのハードなカーゴ、横田は何だっていいや、じゃなくてえーと生意気にもコ洒落てて腹立つ格好だ(アバウトで十分だ)

「しっかしなあ、ハンナさんがイブデートだなんて……ショックだよ。
 優しくて女らしくて、マンションで唯・一・の―――癒しだったのに」

そうぼやく横田に拳を振り上げて「どうもすみませんね」と文句を言ってたら、御厨は大ウケしていた。

「杉山だって可愛いじゃん」

御厨が笑いながらそう言うのに対し、横田は不信満々な顔で「はあ?」と聞き返していた。

「うおっ! 何すんだ、おま」

あまりに失礼すぎるので、後ろから膝カックンを食らわしてやった。


 なんの因果かこのメンツでイブの夜を乗り切ることになって、
それも苦手中の苦手の料理の助っ人という事で、私は今さらにして眩暈がしていた。

 いや、気がつくのが遅いっちゃ遅いんだけれども。

 昨日の電話の時点では、美味しいものを惜しみなく与え
「お食べ」と微笑んでいるおばさんのイメージが
まだ会ってもいない私の脳内を、ありがたーい観音様姿で席巻しまくっていたから
断るだなんて論外だったんである。

 御厨とハンナさんの印象とダブるあまり、されてもいない恩返しに燃えてしまった訳だ。
恩があるのは高野であって、私じゃないのだが。
たまに思うのだが、私ってアホかもしれない。



 雀荘に着いて店の前で並んで待っていたら、サンタの衣装のまんま高野がバイクでとんできて、
挨拶をあわただしくしながら、勝手知ったる感じに鍵で店を開けてくれた。

「材料は俺が昨日、もう先に買い込んで運んでおきました。 すみません、メニューはおまかせで。
 ただ年配の常連多いんで、消化のいいもんが多いと助かります」

 サンタに早口で案内されたキッチンで、持参のエプロンを取り出しスタンバイする三名であった。

「俺、バイト終わったらのぞきにきます! ぃよろしくうー!」

 風のようにまたバタバタ去っていく高野を見送りながら、(慌しい奴だ)と見てただけなのに疲れを感じた。
御厨も、高野のサンタ姿を「目立つな。 ケーキ売りって、サンタ衣装がデフォなんだ」と眺めていた。
 
 んが、私らは助っ人三人組だ。
 キッチンに山とつまれた食材を前に、シャキーンと背筋を伸ばしてさっさと準備にかからねば。
 腕まくりをした御厨が食材の全部を把握した段階で、指示が飛ぶ。

「まあ、じゃあまずは野菜の切り出し。 二人とも、ここの全部、皮むきからスタートね」
「よっしゃあ」

 二人で持参の皮むきピーラーで椅子に座り剥き続ける横で、御厨は慣れた手つきで出汁をとりだしていた。
手は休まず動いてはいるけれど、壮観なほどの食材のピラミッドは語る。
今にしてこの食材の山に、私一人では到底無理だったのをまざまざと知らされ、やっぱり青ざめていた。

「よ、よかったあ。 一人で引き受けてたら私、土下座することになってた…………」

 思わずそう胸に手をやって冷や汗を実感している私を、二人は呆れた顔で見返してきていた。

「あったり前だ。 一人で自炊もまだ出来もしないお前が、出来るわきゃねーだろ」


 御厨が言うならともかく、お前が言うな。


横田だって五十歩百歩じゃん、と言いかけたが、グッとこらえた。
せっかくのイブの夜に助っ人してやると、自発的にそう言ってくれた恩は忘れられない。
たとえフリーでヒマだったとしてもだ。






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18 そんなイブ

8 七転八倒イブ

 御厨は口元を緩めながら、私たちを面白そうに眺めていた。

「二人とも皮むきの手つき、大分見られたもんになってきてるよ。 それが終わったら、
 そっちの半分は和食にするから肉じゃがくらいの大きさで切って」

ハイ、とせっせと指示通りに動く私たちをなんだか優しい目で見ている御厨だった。
弟子の成長は嬉しいものらしい。
まさか迷惑でしかなかったあの調理教室が役に立つ日がくるとは(野菜切ってるだけだけど)、
弟子も感無量である。

 中華鍋のデカさに圧倒されて慌てて御厨に頼みにいったり、盛り付けに目を回したりしているうちに
大方の調理は済んでいった。
案の定、ほとんどは御厨一人で作ったようなものだった。
私と横田はピラミッドでいうなら最下層の住人のため、人様にお出しできるような腕なんか
まだ持っちゃいないっていうことだ。
こうやって次から次へと作り続けていくと、自分がいかにダメダメなのかを深く再確認し、御厨が神に思えた。

「何」

 のぞきこむ私に尋ねてきたので、思わず感嘆の息をもらした。

「御厨って、やっぱりすごいねえ。 こんだけ色んなの作れるのって、かっこいい」
「早く腕を盗んでくれ。 俺もたまには食べるほうにまわりたい」

頭を手首で軽くこづかれて、(そんなの、何年くらい待たすか分からん)と苦悩しながら鍋に戻った。





 開店時間になり、客が舞い込み出すともっと慌しくなった。

「あれっ。 キヨさんは?」

 常連客は、おばさんが不在で見知らぬスタッフが店を乗っ取っているので、皆さん目を丸くしていた。

「あの。 おばさん、急病なんです~!」

 前面にたって説明する役目を一任されていた私は、来る人来る人に何遍もそう説明し続けた。
中盤からはもう、あまりに同じ繰り返しなので
録音しておいて店内放送で流しときゃよかったと思った。
来るわ来るわ、年配が八割。 
皆さん常連さんのようで、「居場所がないから今年も来ちゃった」「私もです。 ヤモメですしね~」
と明るい笑顔で切ない近況を語り合っておられ、わいわいと店内に活気が漲る。

「君達は?」

考えてなかったので一瞬こんがらがったが、
「イベントスタッフです」と答えておいた。

 若いのも、男ばっかりだが結構来た。

「雄作の友達かあー、悪いね」
「頼むよ。 あいつ、そういや今日こないの?」

高野の友達ということになってしまい正直モーレツに不本意だったが、
他の説明が思いつかず「後で来ます~」とだけ伝えた。

 結構内輪で仲のいい雀荘のようで、キヨおばさん個人所有らしきカラオケセットで歌う客も多数いた。
機械も古めならば歌も古め設定なので、全部手を動かしながら一緒に歌っていたら、横田に目を丸くされた。

「お前、なんで美空ひばりとか全部ソラで歌えるんだよ」
「バイト先で、毎日聞くんだもん」

 そう、バイト先もかなり個性的な店で、
喫茶店として経営しているのに、カウンターにカラオケセットがある。
そこで客が昼間っから好きに歌う中、コーヒーを飲んだり皆それぞれ好きに休憩するのだ。

「どこだよ、そんな妙な店の在り処は」
「嫌だ、教えない。 絶対バカにしに来るもん」

 結局、御厨が出す料理を運ぶ給仕の仕事で今度はバタバタしだし、
三名はそのうちバラけて仕事に精を出すという流れになっていった。
暗黙の了解でキッチンを司るのは、当然だが御厨(私と横田じゃ責任持てないから)
私や横田はテーブルまわりや配膳に駆け回り、
私は「この店で初めて見た若い子」ということでどうも注目されまくっているらしくって、
おじさんらにデュエットを頼まれ、給仕の合間に一緒に歌ったりもした。
 歌ってる最中にふと気がついて見たら、御厨も横田も壁にもたれて爆笑していた。
ムッとしたが無視だ。
 古い歌が好きで何が悪い。
その証拠におじさんらは、顔を緩めて喜んでおられるじゃないか。

 イブ恒例行事「最強伝説」とかいう対抗戦なども盛り上がり、若いのも年配のも、
チラホラ混じってるOLら(淋しいイブのご同輩)も腕まくりして熱くなっていて、見てる分には本当に面白かった。
こういうバイト先もいいなあと思ってうっとりしていたら、瞬く間に深夜零時をまわっていたらしく
私服に着替えた高野が飛び込んできた。

「ゴメンゴメン遅くなって。 もういいよ、あがって。 悪いね、こんな時間まで任せちゃって」

 店のドアをくぐってきた時から両手を合わせたまま走ってきた高野に、思わず笑って首を振った。

「ううん、楽しかったよ。 ていうかね、ほとんどあのノッポの人が作ったんだ。
 私とこの横田はまあ、サポートでしかなかったっていうか」
「何にせよ、マジで助かった。 バイト代、これ。 お疲れさん」

 三人で封筒を受け取ったものの、背後のキッチンを振り向き、また高野へと顔を戻した。

「あのさ、まだ全然片付けも終わってないし、まだ皆食ってるしね。 もしあれだったら、最後まで手伝えるけど」

 御厨の言葉に高野は感激していたが、歩いてたOLを引っ張ってきて首を振ってよこした。

「ううん、もう大丈夫。 この青木と俺で片付けまで一切するからさ。 元々、本当は俺が頼まれてたんだもん。
 ありがとう、なんかすげー美味そうなもんばっかで皆喜んでるよ。 やっぱ最高だぜ、イエロー」

思いっきり足を踏んでやったら、うずくまって痛がっていた。

 帰り道、三人で「うわーもう二時だよ」とぼやきながら封筒をあけて金額に仰天した。
一人に一万五千円も入ってた。
そういえば高野のバイト代も入れてはずむって言ってたのを思い出し、なんだか悪いよねという話になり、
私があいつに五千円づつ、計一万五千円をバックすることになった。

「でもさ、どうやって返すの? あいつとは何、サークル仲間?」

横田の質問にどう答えればいいか分からずうなっていたら、後ろで御厨がこっそり噴いているのが聞こえた。

「でさ、イエローって何」



 教えるもんか。



 しつこい横田を無視しながら、クリスマスの電飾で飾られた夜の街を早歩きした。
疲れてはいたが、あれだけ大量の料理をさばいてやり遂げたという達成感で
なんだか無性に気分が盛り上がっていた私は、
街全体を包むお祭り感覚に便乗し、浮かれきっていた。

何かに引っかかる。

妙な違和感がなぜか継続していたのだけれども、
それを払拭するほどにその場は意識が高揚していたのである。


 マンションに戻ってから、それぞれの部屋の前で鍵を開ける二人に
ペコリと頭を下げた。

「今日は本当にありがとう。 感謝してる」

横田もその奥の御厨もちょっと目を見開いていたけど、
「まあ、いいってことよ」と鷹揚に笑って手を振り、
それぞれ軽快に帰っていった。

 いい気分のまま、シャワーを浴びてベッドに横になった。
 疲れていたけど、皆が喜んでくれていたし、なんだか気持ちまであったかくなっていた。
何気に御厨とずっと一緒だったのも、恥ずかしかったが嬉しかった。
布団を顔の半分まで引き上げ、天井を見上げちょっと赤面してしまう能天気な私だった。


 メリークリスマス。

 
 何か忘れてるような気がしたが、次の瞬間には爆睡していた私であった。












 だが、その翌朝。

 昨日が「イブ」だったと、
生まれて初めて彼氏がいる状態でのイブだったんだと、
憧れていたイブだったんだぞということをやっと思い出し
跳ね起きたはいいが絶句し頭を抱え、衝撃にド苦悩した私であった。



 やっぱ、つきあってないだろう私ら!


                                     <つづく>



おさんどんで終わっちゃいましたね
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19 メリークリスマス

9 メリークリスマス

ハアー・・・(写真で残念)





   9 メリークリスマス





 何を忘れていたのかは、そうして翌朝すぐに思い出したわけだが。

 昨日は、イブじゃないか。
 つきあって初!のイブじゃないか。
 バイトで終わりってコラ。

 てヤツをである。

 思い出した瞬間はもう、(やっぱ私バカだー!)と己のうかつさ加減に
文字通り頭を抱えて上半身を右往左往していたのだけれど、いつまでも独り芝居やってるわけにもいかんので
その格好のまんま横になってみた。
 もう学校も休みだし時間に余裕はある。
が、安心して取り掛かった二度寝がうまいこといかず、仕方なく昨夜の御厨を反芻して考察した。
最後まで余裕で全メニューをこなしていた姿と、昨夜ドアの前で手を振って笑って去っていった姿を思い出し、
寝ながらも首をひねりまくっていた。

 普通、カップルとかだったら、何かするもんじゃないのかな。
いや、別に変な事をじゃなくって、
一緒にケーキ食べたり、デートしたり、プレゼント交換したり、とかさ………。

そう思いながら、実は自分も御厨に何も用意していなかったことに気がつき、頭を抱えた。
ダメだこりゃ!
なんだか悲しくなってきたので、仕方なく起き上がり、とりあえず顔を洗うことにした。
私は昔っから抜けているので、朝、冷たい水でマゾのようにバシャバシャ洗うことによって覚醒し、
予想外の思いつきをゲットすることもあるのだ。 なんだか神頼み的だったが、今朝はダメだった。
タオルで腕までビシャビシャになっているのを拭きながら、しばらくぼんやりした。


 あんまり、御厨って私のことを好きじゃないのかな。


 そもそも最初が、今までそういう目で見てなかったとキッパリ言われてからの提案だった。
それでもその後、否定されることもなかったので何となく彼氏彼女のつもりでいたのだけれど、
よく考えたら全然あの人は変わらない。
それって、さほど興味がないからなんじゃないのかな。

 そんなことを考えてなんだか沈んでいたら、携帯が鳴り響いた。



『オッス、昨日っつか今日かもう、ハハハ。 マジでサンキューな!』

「高野……」



思わず呼び捨てにしていた。

朝からテンションの高い高野は人のブラック気分にも気づかず、ひたすら明るかった。


『お前、すんごい評判よくってさあ、雀荘の常連さんたちに。 またあの子呼べ呼べってうるさいんだよー。
 お前って今時の男にはアレだけど、親父キラーだったんだな! あっと、悪かった切るな、そんでな』


ノリノリで頼まれたのは、バイトをしないかという件だった。

「えええ~? だって私もう、喫茶店でしてるっつったじゃん」
『だってさー、みんながもっと会いたいってきかねえんだもん』

悪い気はしない。
ふっと歪んだ笑みが浮かんだが、次にはまた難しい顔に戻った。

「あ、そうだ、そうそう。 あのさ、昨日のバイト代多すぎ。 皆で五千円づつ返すってことになって、
 私が一万五千円預かってるのね。 高野のバイト代も入っちゃってるんでしょう、アレ。 
 返したいんだけど、どこに持って行けばいい?」
『え? いいよ』
「返すっての! じゃあバイト考えないよ」
『わかった、雀荘で待つ』

 合コンで出会ったのはバイト運だったようだ。 
 フッと自分をあざ笑うようにマフラーを後ろへ流し、玄関ドアを開けると、
ハンナさんがちょうど帰って来たところだった。


「ハンナさん、おはよう…………」
「アッ。 おはよう、デス…………」


二人して沈黙した。




がっ………

外泊だ。




その意味がわかるにつれ、いらぬ赤面に見舞われてしまった私であった。

「あ、昨日………楽しかった? ハンナさん」
「タ、楽しかったデス………」

そっか……良かったねとお互い挙動不審な動きで挨拶した後、私は階段を下っていった。

 すごいや、なんだか世界が違うよ。

 ふてくされそうになりながらヤケクソで早歩きしていくと、雀荘のドアは
換気のためか開きっぱなしになっていた。
まあ朝だもんなと思いながらひょっこり顔をのぞかせると、オーと奥から高野が頭にタオルを巻いて出てきた。

「はい、これお金」

 封筒をさっそく出したがその封筒は受け取られず、肩を押されて椅子へ座らされた。

「まあ、返してすぐにパッと消えようとすんなよ。 コーヒー入れるから飲んでけ」
「いいよ、高野ってもしかしたら徹夜なんでしょ? 疲れてるんじゃないの」

遠慮して中腰になったが、いいのいいのと屈託なくコーヒーをいれにキッチンへ去られてしまった。

 合コンで会って今日で三回目だったが、不思議な男だと思った。
なんていうか妙にサバけてて明るいよね、と足をブラブラさせながら開いたドアの向こうの朝の風景を眺めていた。

 今日はクリスマスか。 
 はあ、と溜息がもれた。

「昨日さ、結局俺お前の接客って全然見れなかったじゃん。 でもさあ、気難しい神田さんまで
 いい子だいい子だって絶賛でさあ。 正直なとこ、ちょっと面食らったよね。 マジで考えてくれると助かるんだよ。
 今まだおばさん入院中だし、その間俺がやるにしても週一かニくらいは他もまわんなきゃなんないし。
 週二で頼めない?」

 気がついたらスラスラと目の前で勧誘されていた。
最初話しかけられてるのに全く気がついていなかったので、真顔で見つめ返した。

「えーと、もう一回」
「……………てめえ」

 色々話して、結局週一くらいなら助っ人できるよってことで両者妥協することになった。
喫茶店も毎日のシフトじゃないし、夜までかかるにしろ週一くらいだったらまあいいかなあと思ったのだ。
 でも料理は出来ないよと説明したら、変な顔をしていた。

「だから言ったじゃん。 こないだのは全部、あの背が高い兄さんが作ったんだってば。
 私がしたのって、野菜切ったり炒めたりするだけで、味付けから何まで全部、結局あの人がやったんだよ」

大体が自分はあの人の生徒なのだよと説明すると、へえと素で驚いていた。

「あ。 前に言ってた近所の兄さんて、もしかしたらあの二人だったりすんの?」

よく覚えてんなと思いながらうなずくと、あごをさすって目を丸くしていた。

「なんだよお前、あんなイケメンにもう囲まれてんじゃん。 それも、結構可愛がられてるとみた。
 まあ、彼女とかにはなれそうもないけど、意外と妹分くらいにならなれるかもしれないぞ。
 向こうには何の得にもならなそうだけどお前には得だらけだ、頑張ってみたらどうよ」
「あんたってホント失礼なヤツだな! 帰る」

ムカーと立ち上がると、慌ててまた高野は謝ってきた。
だがコッチは痛いとこをつかれたので余計腹が立って、思いっきり睨み返してやった。

 ほーらね、
 第三者からみたらやっぱり御厨と私って不釣合いなんだよ(この際、横田は数に入ってない)
知ってたけどこんな奴に言われると、図星な分だけ腹が立つ。

「帰ってもいいんだけど、マジで来週の金曜からは頼むね!」

 このあつかましさは天性だな。

 かなり呆れ返りながらも、用は済んだしとばかりに立ち上がった。
 封筒をしっかり高野の手に返してからケッとドアに向かうと、私の頭に何かぶつかってきてガクッと前のめりになった。
「何すんだーっ」とカッと振り返ったら、赤いクリスマスカラーのパッケージのギフトバッグが転がっていた。

高野は椅子にふんぞり返ったまま、笑ってそれを指でさしていた。

「あ、それ、昨日客からもらったやつ。 お前のほうが合いそうだから、クリスマスプレゼントな」
「あ? あー……りがと。 でも普通に渡してくれたらもっとよかったけどね」

ちょっと嬉しかったんで顔が歪んだが、捨てセリフを残してカッコつかないが拾って帰った。

 電車の中で、何かなコレとソワソワのぞいてみたら、トナカイの角がビーンと二本立った
ソフトビニール製のカチューシャが入っていた。
電車に揺られながら、能面のような表情になってしばらく固まった。



「………」



 コレが似合うって、言ったか………?


 頭の中を「真っ赤なおっはっなっのートナカイさんはあ~、いっつも皆の~笑いもの~」
というソプラノの歌声が響いてきやがったのを慌てて違うクリスマスソングで消去しようとしたが、
続いて思い出したのが「独りきりのクリスマスイ~ブ」だったので肩が落ちた。

 私って一体どうなのさと思いながら、むなしく体を引きずって帰った。
全く、クリスマスなんて本当に毎年こんなもんだ。
御厨は全然こっちを彼女扱いしちゃいないし、
一緒に居たがってるような素振りもゼロ。

せめて昨日、メリークリスマスってくらいは
言い合いたかったよなあ…………。

とぼとぼ歩きながらも嫌気がさし、頭の周辺に悲しい妄想がふわふわ浮かんでいるのを払い落とす勢いで
ブンブン首を振った。
あんなに憧れてた恋人イブの願いが究極にはそれだけって、どんだけ志低いかな自分!

 マンションに戻るついでに一階のコンビニに寄ったら、ちょうど雑誌コーナーで御厨が立ち読みしてたのがお互い目に入り、
こっちを向いてきた御厨に軽く手を振ってみせた。

「おはよ。 どこ行ってたの」

 よくある光景だったのでここまでいつも通り普通に対応してたのだが、
そのとたん、(噂のエセ彼氏登場じゃんか)と顔が強張った。
思わずコンビニ客の前で、何の脈絡もなくメリークリスマスと言いそうになってしまい、慌てて口を閉じた。
ついさっきまで、せめてメリークリスマスと声くらいはと哀れっぽくヨロヨロ考えてたせいだ。

「ああ、うーん。 それが、高野から電話かかってきて」

横に並んで雑誌をパラパラ斜め読みしながら説明をしたら、なんだか変な顔をされた。

「金曜に毎週? だってあそこ、閉店時間て遅くまでだろ」
「でも、翌日学校がある平日だと困るんだ、結構課題も勉強もあるし。 困ってるみたいだったし、
 おばさんが全快するまでの間だけ」

溜息をつきながら雑誌を元に戻し、じゃ、とコンビニを出たら、御厨も一緒に出てきた。
あれ、買い物に来てたんじゃなかったのかなと不思議に思って見上げたら、
彼はじーっとトナカイのあれが入った赤い袋を見つめていた。


「ソレ、高野くんにもらったの?」



もらったというか押し付けられたというか
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遅くなってすみません!
1/26拍手コメントをくださった「紗江と横田の掛け合いが好きです」さんと
makiさん☆  裏トレマーズにお返事ございますのでのぞいてみてやってください~


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20 メリークリスマスより嬉しい言葉

9 メリークリスマス

「いや、あいつが貰った奴を流されただけ。 
 中、何だと思う? トナカイの角の被りモンだよ!?
 コレが私のほうが似合いそうだからって投げてよこされたんだけどさ、
 こんなの似合うって言われても、ちっとも誉められた気がしないんだけど」

ここぞとばかりに、後頭部に投げつけられた事や、「アイツ絶対に私のことバカにしてるよね」という不満を
大人しく聞いてくれる観客にぶつけて鬱憤を晴らした。
御厨は押し付けられたプレゼント仕様の袋からカチューシャを取り出して
しげしげと眺めていたが、なぜか何ともいえない表情で無言だった。

なぜ無言。

一緒になって怒ってくれよとジリジリ待つ私を、
どうしたことか珍しく冷めた瞳で見下ろしてくる御厨だった。

「どうかした?」

訝しげなこっちには構わず、それから御厨はなおも無言でトナカイのカチューシャをいじくりまわしていた。
変だ。
いつもだったら「似合うんじゃない?」とかノリノリで面白がるか、苦笑して「そんな事ねえよ」と慰めてくれるのに。
反応が腑に落ちず、しばらく困って見上げた。
まさか欲しいのだろうか。

「欲しいなら、あげるよ」
「…………いらん」

だよねえ、と渋々受け取ろうとしたが、なぜか避けられて取り損ねた。
スカッとまわって戻ってきた、この腕のマヌケさをどうしてくれるんだ。

「ちょっと話がある」

 急に怖い顔になった御厨は、「俺んちでいいね」と言いながら先に歩き出していった。
 何だろう、と怯えながら後を従っていった。
 御厨のこんな険悪っぽい顔を見たのは正真正銘初めてで、動揺もいいとこだった。

 トナカイのカチューシャがお似合い呼ばわりされるような女なんて、やっぱりよすわって話だろうか。

 ちょっと待て。
 告白というか、交際提案が二十日で、今日はまだ二十五日だが?


 五日の命?


 蒼褪めるこっちを無視する形で御厨は階段を上がっていく。
 真顔でトナカイのアレを片手にぶら下げたまま階段を上がっていく御厨は、
クールさにもう一本緊迫感が欠け、珍しく絵にならない。

おのれ高野。
よくも破壊力のある物を……と
初見時の苛立ちが甦り、歯噛みした。

怯えつつ後をついていく私のほうはというと、ムダに緊迫感に満ち満ちている。
高野のせいでこの短い交際が変わってしまったんだとしたら、
もう一生高野とトナカイを許せないかもしれないぞとか、そんな事をつらつら考えて顔をしかめている私だった。


「入って」

 ドアを開けられ、先に部屋へあがる御厨を上目遣いに気にしながら、のろのろとブーツを脱いだ。
コタツへと促されたので、御厨がコーヒーをいれてくれている間気まずげに一人縮こまって座り、
(何だよこの沈黙の重力は)
と激しく混乱しきりの態でいた。

「ごめんなさい」

軽く頭を下げる私へ、キッチンから御厨が振り返ってきた。

「何に謝ってんの?」
「わかんないけど……何か私がまずいことしちゃったんでしょ? よくわかんないけど先に謝っておく」
「わかんないのに謝られても、全然嬉しくないんだけど」

存外にきつい一言を返され、やっぱり怒ってるんだと理解し愕然とした。
だが、何に怒っているのかだけが分からない。
トナカイだろうか、それとも何か失言をしちゃったんだろうかと、
ビクビクし顔色が暗くなっていく一方であった。


「あのさ」


 きた。


 コーヒーを目の前にスッと置かれた時、御厨の薄い唇が開いた。



「雀荘でのバイトは反対」



 身構えて、目をつむりそうになるのを必死にこらえていた私は、
しばらくそうして止まったまんまでいてから、前のめった。


「へっ?」


 今日はいつものように向かいの席じゃなく斜め横に座った御厨は、真顔で私を見下ろしていた。

「えーと………………なんで?」

 意表をつかれすぎて素で返すしか出来ない私に対し、御厨にしては珍しくムッとした顔になっていた。

「なんでも何も。 あそこはイブの晩だけの助っ人って事で、行っただけだろ?
 常連客たちも、まあ人がいい連中が揃ってはいたけど、それでも雀荘だ。
 どんな飛び込み客が来るか分からないのに、彼女が遅くまでバイトするのに賛成する男はいないと思うけど」



 爆弾投下だ。


 彼女っ。
 彼女だってよ!?


 だ、ダメだ。


 『彼女』っていう響きだけでもう、他は頭に入らないし!


 
 放心し、バカみたいに腰を抜かしかけたおそらくすごい形相の私と、
それを見下ろす真顔の御厨。
美味しいもんを食べる部屋というイメージで固定されていたこの部屋が、
あっという間にお花畑化した。
 フワフワしたものに脳内を包まれて呆けている私とは真逆に、
御厨の鋭い目は余計に厳しく細められていった。
 なぜ、こっちがこんなに感動しているのにその顔なんだ。
 
 しばらくしつこくそのまんま脱力していたが、
あっ、そうか雀荘がダメって話ねと慌てて気を取り直してみた。

「でも、もう引き受けちゃったよ? どうしようもないんじゃ」

ハイと手を出され、何も考えずに犬がお手する如く
そこへ手を乗っけたら「違う!」とわめかれた。

「携帯! 高野の番号が入ってるんだろーが」

あっ、そっちかと慌てて膝においてたバッグから携帯をかき出し、開いた。
高野の名前を出すと、そのまま御厨に携帯をサッと奪い取られてポカンとした。
御厨が電話をかけ交渉するらしいとは分かったが、あの押しの強い高野がそうそううなずくかどうかは
激しく疑問だ。

「あの」
「杉山は黙ってて」

素っ気無く拒絶され、所在無げにまたコタツに縮まった。

 そうか、御厨ってこんな厳しい表情もするんだ。 
いつも飄々とつかみどころのない、からかうような笑顔ばっかり見てきたから、ちょっと驚いていた。
それもこの自分を心配して?
あり得ない。
ミラクル、と呟きそうになったのをコーヒーを飲むことでごまかそうとしたら
熱過ぎて小さく飛び跳ねた。

 この驚きを横田やハンナさんにも伝えたい。
コーヒーで焼けどした事をじゃなくて、彼女って呼んだことを!
でも絶対横田あたりは信用しないだろうなあと溜息がでた。
白昼夢見てんなバーカと、どつかれそうで怖い。
されたら三倍返しでどつき返すけども。

「あ、どうも。 昨日雀荘の調理スタッフで会いましたよね。 御厨です」

 とうとう御厨が高野と話し始めたが、案の定難航していた。
 やっぱりねと思いながらコタツに潜り込むように小さくなってのぞいていたが、
御厨を根負けさせようとどうも、奴もあの手この手で必死のようだった。

 そっかー、私ったらそんなにあそこのおじさん達に好評だったのかあ、
と自分で自分が誇らしいやら申し訳ないやらで、
ひたすら黙って会話に聞き耳をたてていた。

「でも十九の女の子一人では無理だよ。 その気に入ってくれてる常連客だって、
 ずっと毎回居るわけじゃないだろ。 それも営業中、オールタイムで。 ………………え? いる?」

 なんだか話が御厨の予想外の方向へ向かっているらしいのが、御厨のひそめられた眉でよーく分かった。
黙ってずっと見ていたが、どうも御厨は本気で嫌らしい。
これって、自惚れてもいいんだろうか。
ちょっとドキドキして、顔と耳が熱をもってきた。


私のこと、思ってたよりは気になってくれているって、解釈してもいいのかな?


うわ。
乙女だよ!
こんな乙女な経験て初めてだよ、どーすんの!
と、頬を両手で覆って照れまくって身をよじっていた。
なんか、シチュエーションが「想われてる」系みたいじゃない!?
うわホントに人生初だよ!
と、よく考えたら情けない事この上ない萌えに打ち震える私だった。

 だがそんな感極まる私を一顧だにせず、御厨は討論会のように横でまだ粘っていた。


「いや、そういうのは杉山には不要。 だって俺とつきあってるし。 え? そうだけど。
 ああ………そう、茶髪のほう。 地毛なんだよ悪いか。 聞いてないの?」


 横目のジロリと射すくめるような手厳しい視線が走ってきて、慌ててそっぽを向いた。
茶髪が地毛という話は初耳なんだから説明してるはずがないじゃないかとは思ったが、
珍しく怒りモードの御厨に今それを告げるほどバカではない。
私は横田と違って空気を読める人間なのだ。
 しばらく何だか高野のほうがせっせと話していたみたいで、御厨側は静かに聞いているようだったが、
最後に溜息をついていた。

「じゃあ、初日には俺もついてくから。 それで、君の言う通りだったら経営者の全快まで限定で、やらせてもいい。
 でもちょっとでも危ないと思ったらすぐやめさせるから。 それでいい? 
 毎週は無理だろ、そっちもバイトなんだよね。 俺がまあ……ハア………」


 何だか疲れきった様子で電話を切っていた。
そのまま携帯をしばらく握ってたけど、ハイと返された。
面白くなさそうな顔でムスッとコーヒーを飲む御厨を、怖々と見つめた。
なんとなくバイトはアリになった感触は伝わってきたが、何に疲れているのかが分からない。

「大丈夫?」
と聞くと、
「大丈夫じゃない」
と罵られた。

 それから諦めたように私を向いて、やっと説明がなされた。

「お前の事、本当に気に入っちゃったらしいよ常連陣。 
 で、金曜はずっと常連が居ずっぱりで守るって言ってるんだとさ。 
 本当にそうかわからないから、初日は俺も様子見で行く。 
 で、大丈夫そうだったらしばらくやって欲しいんだそうだ。 
 帰りは高野か常連連中が、誰かしら必ず送るって」

 へえ、そうと顔が思わずほころんでしまった。

送迎つきってのも嬉しかったが、御厨が初日一緒に来てくれるって聞いて
鬼に金棒だとワクワクしてしまった。
料理はしないよと言ってあるが、本当はそうじゃなかった場合に師匠が居てくれるのは非常に心強い。

「なんかごめんね」
「少しでも反省してくれるんだったら、よく考えずに即断で決めるのはやめてくれ。 もう」

 テーブルに突っ伏した御厨がなんだか妙に可愛く思えて、そーっと髪の毛を撫でてみた。
想像していたのより猫ッ毛で柔らかすぎて驚いてしまい、もう片方の手でコッソリ自分の髪と触り比べた。
疲れたようにこっちを曖昧な視線で見上げてきた御厨に、ドキッとして頬に熱が上がった。

 どうすんの、本当に。
 もう、なんかこっちは舞い上がりきってるんですが。

 本当に、私って御厨とつきあいはじめたって事で、納得しちゃっていいんですね?

「メリー、クリスマス」

 ようやく言えた言葉に、嬉しくなって破顔してしまう。
 うさんくさげな顔をあげてきた御厨に照れ笑いしたら、しょうがないなって苦笑顔をされた。

「脈絡がないんだけど」

そこは流してください。
雰囲気ですよ。





                                    <つづく>


さあ
単純バカ紗江はもうその気になってまいりました
(更新遅くて本当にすみません)

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21 ショック

10 ショック

うまそう




   10 ショック





 クリスマスが終われば、日本には即、和の心「正月」がやってくる。

 デパートのウィンドーからクリスマスのデコレーションが
節操なく駆け足で消えていくのを眺めながら、バイト用のバッグを持ち直した。
 姉も私も帰省しないというので両親はちょっとさびしそうだったが、
即座に気持ちを切り替えて、温泉に遊びに行くことにしたんだそうだ。

「親戚の家のそばにあるから、へッへッへ。 宿泊費タダ!」

羨ましいだろ~と興奮しながら電話で自慢された。
あの両親の子供っぽさは、そのまんまお姉ちゃんと私へ脈々と遺伝子として受け継がれている。

 
 ハンナさんも今年は帰国しないそうで、でも謎の彼氏とも会う予定はないみたいだ。
(防犯上の連絡提携都合により、全員で申告し合った)
いくら聞きまくっても、照れて全然教えてくれないから
密かに(不倫とかじゃないよな?)と心配している今日この頃である。
 横田も会社の連中と初詣の約束があるとかで、こっちに残ることにしたそうだ。

 初詣とか行く柄か。

どうも色気のある約束に思われる。
なぜなら元旦が近付くにつれ、ワクワクソワソワしてるからだ。

 御厨も、実家が遠いので「今年も帰んない」と煙草の煙をはきながら言っていた。
初詣には、ハンナさんと御厨と行く予定だ。
短大のトモちゃんたちはスキー場で正月を迎えるそうで、誘われたけど
何となく一冬の恋だとかそういう刹那的男遊びに巻き込まれそうなんで断った。

「なんでよ。 ああいうとこ行けば、紗江だって一発でナンパされるんだよ?」

まるで下界では一切そういうことないんだからチャンスよ、と言われてるみたいで引きつった。

「だって、えっと、彼と過ごすんだ」

そう言っても、全然信じてくれなかった。
ムカついたので御厨の写メを撮って送ったら「超好みー!そのイケメン紹介して」というメールが返ってきた。
彼氏だって話は見事にスルーされていて、本気で泣けた。


 御厨といえば、あの後日に遅れて、クリスマスプレゼントを貰った。

「わあ、何?」

大喜びであまりにも大きく不思議と軽量のそれを開封したら、
フリースの部屋着上下セット二組がドドンと出てきて
目が点になった私であった。

「お前のスエット、裏起毛とかのあったかいの一つもないだろう。 あんなのじゃ風邪をまたひくから、
 これからはそれを着るように」

そうテキパキと命じられ、夜お風呂の後にそれを着て夕ご飯を食べにお邪魔したら、ものすごく喜ばれた。

「あったかそうでやっぱイイじゃん。 似合ってるよ」

淑女のドレス姿を誉める紳士のようにそう優しく笑われ、複雑一色だった。

 まるで妹のような扱いのまま、あんまり変わらない。

 それに、その、手もまだ出されない。

おやすみの時の、一瞬だけのかすめるようなキスは毎日のようにされるけど、それだけ。
最初はそれでもクランクランになって沸騰しそうだったが、


 保護者?



まるで海外ドラマのお父さんが小さい愛娘にしてるみたいなその軽さに、最近は不安だ。

 恥ずかしくて誰にも言えないが、こういうものなんだろうか。
普通に一人暮らし同士のカップルで、全てのお膳立てが整っているっていうのに
抱き合うっていうのもナシ、
帰したくないみたいな熱い盛り上がりも全くナシ、
好きだよっていうささやきもナシ。

「今日もよく食べたなー」

誉められるのは出されたものを美味しく完食する姿へのみという、
父性愛の鑑のようなその姿に真面目に悩む日々であった。
まあ、つきあい始めてまだ一週間ちょいだし、と自分へ言い聞かせながらも
当惑で一杯の私である。



 私って そんなに魅力 欠けますか? (疑問詞の分、字あまり)


 
 私が、いやらしいのかなー………と、
でる溜息も重く、甘い。 
私にはあまり経験のない現象だ。



 (まだ見ぬ自分の恋人は、今頃なにをしてるの?)



 横田には思いっきり失笑されたが、実際に口にしてみると異様に恥ずかしいセリフだったと思い知る。
そんな乙女チックな想像をしていたのはついこないだまでの話で、
その頃に比べたら大幸運期のはずなのだが。
いきなり宝くじで前後賞まで総なめで当たったくらいのあの興奮が落ち着いてくると、
今度は色んな疑問が湧き出てきて閉口ものだ。
冗談じゃなしに私の夢想が報われる日がやっときたはずなのに、この自信のなさっぷりといったら凄い。

 確かに私は子供っぽいし、体型も子供っぽい。
 お姉ちゃんと違って身長も成長不良みたいにチビすけのまんまだし、
出るべきところも、横田に「悲惨」と言われて蹴りを入れたくらいささやかだ。
ハンナさんやそこら中を闊歩する女性たちと違ってスラリとしたスタイルではなく、
正直言えば(食い過ぎのせい?)と悩むくらい「ぽっちゃり」だ。
「くびれ」とか「引き締まった」とか「細い」とか「ほっそり」とか
そういう形容に縁のない、ひたすら「健康的ですね」と年配に可愛がられるだけの体と19年のつきあいだ。
この間の雀荘クリスマスバイトでも、おじさんたちに「かわいいね~」「いいね~」
とお世辞を言ってもらってはいたが、若い層からは総スカンだった。

 自分が自分に自信がないんだよ。

 「ジ」が一杯の悩みを抱えて、今日もいく。
 私がこんなだから御厨がちっともその気が起こらないのだとしたら、
正月は大好きなモチを我慢してダイエットに励むしかあるまい。


「よっ。 暗いぞ顔」

 深い苦悩を抱えて玄関を開けていたら、横田の声が降ってきて真顔でそちらを向いた。
ちょうど階段を上がって戻ってきたところの横田は、なんだか機嫌がよさそうだった。

「そっちは明るいね」
「年越しライブに当選したからな」

 何の話だと思ったら、大人気アーティストの毎年恒例の年越しライブのチケットが取れて、
「大晦日から元旦まで大騒ぎしてくるからよ」という事らしかった。

「うそー! いいなあ。 あれ、でも初詣で残ったって言ってなかったっけ?」
「そのライブが俺の初詣だ。 去年は外れたんで一年最悪だったよ、泥棒にまで入られるし」

それと泥棒とは関係ないように思えたが、本人はジンクスを掲げている模様で
「来年はイイ年になるぞー」と手放しで大喜びしていた。

 なんだ……と気が抜けた思いで眺めた。
色気のある話かと思っていたが、マニアックな路線のほうだった。

「んー、気分いいからお前、お茶飲んでかない? ゴミ出しか、さっさとしてこいよ」

こっちが手に持ってた燃えるゴミを見ながらもそう誘われ、まあこっちもヒマだしとうなずいた。
一階裏手のマンションのゴミ集積所にゴミを置いてきて、そのまま横田んちのドアを叩くと
「開いてるー」
と中から声が響いてきた。

「お邪魔しまーす」

 あれ以来何度かお邪魔している横田の部屋は、泥棒襲撃時の混乱が嘘みたいに
今はすっきり綺麗に収まっている。
手伝おうかと幾ら言っても固辞し、横田一人が自力で片付けた快挙だ。
横田のイメージから「土砂崩れ」とか「クローゼット開けたら雪崩れ」系の小汚い部屋を以前は想像していたのだが、
これがまた意外にも部屋にこだわる系の男だった。
一つ一つの家具や雑貨、電気製品に至るまで、メタル系の男っぽい洒落た部屋を演出している。
必要なものだけ、後は削除式でスッキリした御厨の部屋とも、落ち着いたブラウンで統一されたシックなハンナさんの部屋とも
ポップとは名ばかりのチンドン屋みたいにカラフルな私の部屋ともぜーんぜん違う。
 だが、横田んちのキッチンには親近感がわく。
使ってる形跡がないからだ。

「どうした、珍しいな考え込んじゃって。 何、悩んでんだ」

 似合わねーな~と、いつもの何様トークも浮かれ気分で軽やかだ。
 いいな、と思った。
 バカは悩みなさそうで。

 こっちが横田のアホな性格を羨ましがってるとも知らず、能天気バカは笑い声まであげ、調子づいていた。

「お前がそういう顔してっとさー、ドナドナの売られてく牛っつうか、屠殺場に送られる寸前のブタみたいな……うお」

 こっちが大人しくしょんぼりしてるのをいいことに言いたい放題な横田の足を蹴っ飛ばしたら、
慌ててキッチンへ逃げていった。

「お前! 人が心配してやってるってのに、マジで足クセ悪いよなー!」
「人のこと捕まえてドナドナとかブタとか言ってんの、どこのどいつよ!」
「あ」

バッカだな~例えだよ例え、と遠巻きに笑ってごまかされた。


謝れよ。


まあこいつが失礼なのは今に始まった事じゃないし。
大人の余裕を演出し、ドス黒い溜息をもらしながらも座りなおした。
 その間にコーヒーを淹れてくれている香りがこちらにも届いてきて、
その居心地のよい空気にやや体の力を抜いた。

 そうだ。

 一応は、横田も男だったんだよね。

 さすがに共通の隣人である御厨の名前は出せないけれど、
一般心理について教えてもらう分には支障はないんじゃなかろうか。

 コーヒーのマグを渡され、ちょっとひるんだが、今思いついた考えを脳内で展開してみる。
せっかくの機会だ。
さりげなく話を振ってみようか、とうなずいた。


「男の人って、人によって性欲ないの?」


 そのとたん、横田はブーッとコーヒーを噴き出した。






紗江や
それちっともさりげなくない
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ゑサマ、お返事遅くなりまして申し訳ありません
裏トレマーズへお越しください(平伏)



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22 青天の霹靂

10 ショック

驚き顔で見守っていたが、向こうのほうがもっと相当に慌てているようだった。


「な、何だよ。 しっかしお前って、そういう言葉が似合わないのなんの………一体、何の話だよ」

 一瞬だけ躊躇したが、布巾で自分とテーブルを拭く横田に続けて質問した。

「あのさ、横田って今は彼女いないんだよね。 その、彼女いた時って、つきあってどれくらいでここに泊めてた?」
「はあ!? ちょ、ちょっと待て。 なんでお前に、そんな説明を俺がしなきゃなんないんだよ」

横田は何だかパニックになっているようだった。
動揺しまくりの横田にこっちまで焦ってしまったが、もう一度口に出してしまったものは引き戻せない。
こうなったら男性心理ってヤツをとことん追及するしかないと、なおも続行した。


「一応は男でしょ! 男の人ってどれくらいつきあったら、そういう風になりたいって思うもんなの?」


 チケットで浮かれていた気分も吹っ飛んだようで、横田は目を皿のようにして困惑一色。
対峙するこっちも、
退かないぞ答えてもらうまでは
と、必死で正座の膝をコブシで押さえ、正々堂々臨んでいた。


「……そういう話だったら、御厨に聞けばいいじゃん」


コーヒーのマグを、もうこぼさないようにテーブルの中央へ押しやりながら
横田は目を白黒していた。
それが本人に聞けるんだったら苦労しないんだよと、こっちも渋い表情になる。
乙女の恥じらいだ。
横田相手ならどうでもいいが。

 そこへ唐突に、とんでもない情報がもたらされた。

「俺なんかより現役なんだからさ。 こないだまでだって彼女かどうかわからんけど、
 たまにそういう事してたわけだし」

「ハイ?」


仰天し、意味が分かるなり硬直してしまった私だった。

御厨が?
何だって。


 横田は、あー焦ったと呟きながら壁をゴンと足で蹴っていた。


「ここの壁さ、薄いんで夜とか静まってるとこれが、よーく聞こえてくんだよ。
 その、男と女のそういうの………。
 俺んとこだけじゃなくて、ハンナさんも聞いてるんじゃないの。 
 最近はお前が日参でメシ食いに行ってるから女連れ込めないでいるみたいだけど、
 前はしょっちゅうだったよ。
 マジでこっちはとんとご無沙汰だってのにさあ、参ったよ。
 耳栓買おうかなって何度迷ったか」



 寝耳に水。



 驚愕でこっちが停止状態になったのをいいことに、全く知りもせず、そして知りたくもなかった
御厨の私性活がフルオープンで暴露されていった。



「ずーーーーーーーーーーーーーっと、聞かされてきたこっちの身にもなれって話だよ。
 こっちは一人寝だってのに、他人のセックスライブを延々と聞かされ続けたんだぜ?
 ありえねっての。
 俺んとこが泥棒にやられて口きくようになるまで、変な話だけど、ちゃんと御厨の顔って見たことってなくてさ。
 知り合ってみたらやっぱいい男だったし、色々面倒みてくれたんで言う機会を無くしたんだけどさ、
 それまではいつか『ぜーんぶ聞こえてますけど』って文句言ってやるって、マジで頭きてたんだよ」


 腰が抜けるかと思った。
座っていなかったら、間違いなく引っくり返っていただろう。
アワを食って絶句中の私を観客に、横田は気分よく流れるようにまくしたてていた。


「これがまた相手の女が声までよくてさー。
 どんだけ隣人テクニシャンなんだよってくらい、鳴きまくるわ喘ぎまくるわ長時間もつわ。
 あれを聞いてるとこっちも変な気分になってきちまうし、下手なAVより生々しいし!
 ハンナさんも相当迷惑してたんじゃないかなー。
 だってよーお前、リアルタイムでアダルトビデオを
 延々と聞かされてるようなもんじゃないかよ。 なっ?」


 同意を求めるようにそう横田に訴えられたが、もちろん相槌なんか打てる余裕はなかった。


それから、私の開いた口が塞がらない状態を見て、
「お前には大人すぎて、ショックでかい話だよな」
と訳知り顔でうなずいていた。


「あんまさ、御厨んちに出入りしまくんのも考えとけよ、お前。
 お前はノンキに美味いもん食えるってルンルンで遊びに行ってるんだろうけど、
 御厨にだってプライベートがあるんだしさ。
 お前にそういう気持ちが起こって襲うっていうことは…………まあ百二十パーセントないだろうけど、
 彼女に悪いだろ?」


横田はしたり顔で、呆然としたまんまの私に「な?」と言い聞かせていた。


 どうやって横田の部屋から帰ったのか分からなかったが、気がついたら自分の部屋のベッドの上で
呆然と横になっていた。


どういう事?
彼女、いたんじゃないか。
そういうことをしょっちゅうするような仲の。

じゃあ、なんで私にあんなこと言ったのさ。

 めまいがして目を手のひらで覆った。


その人とうまくいかなくなって、ヒマつぶしで軽く提案されたってだけの話?
それとも同時に平行してそっちもまだ続いてるのか。

その人にはそこまでの付き合いを求めるけど、私には全然食指が動かない。

そういうことだったの?




「あれ」

知らないうちに涙目になってたみたいで、手についた涙をしばらく黙って見つめた。

 なんで哀しくなるのか、考えてみた。
案の定な自分に情けなくなったのか、それとも
知らないうちに御厨を少しずつ好きになっていたからか。
どっちにしろ今までと同じだったんだ、と沈んでベッドへ顔を突っ伏した。

 勝手に舞い上がって、でも、世の中は私以外のところを廻り続ける。
 今回も、そうだったんだろう。





横田くんブチまけ過ぎ
(調節のため新たにページ増やしました。3/13)

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23 またかよ

10 ショック

 だが、泣いて浸ってるヒマがなかった。




 私の運の悪いところは、自分がどんだけ悲壮感に満ち溢れていても、
なぜかその悲壮に叩き落した張本人と顔をつき合わせないではいられないところだ。
友人らから「間抜け」だの「運に見放されてるよね~」と言われ続ける所以(ゆえん)でもある。

 高校時代も、同じバイトだった彼氏に「お前のこと、やっぱ特別にはどうしても思えないや」と
バッサリ振られたその当日も背中合わせで働くはめになって、
(泣いて浸らせろッ。  つうか、バイトの直前に言うなー!)
とヤケクソになってハンバーガーを売ったものだった。
「姉ちゃん、まだー?」
と混み合う客の前にもちろん泣いてるヒマなどなく、引きつった笑顔で働くはめに。
 そしてシフトの都合上、それは延々と連日に及び、

「竹中くん……バイト、何時に終わるの?」

瞳ウルウルでカウンターにきた、新たなオンナに応対する
元カレの横で仕事をするはめになっちゃった上に、

(てめえ、余計なことを言うなよ! 黙ってシェイク売ってろ)

という、元カレからの凄まじい眼力での睨みまでかまされたのだ。
 あれはひどいと今でも思う。
 私から好きになって告白し、やっとつきあえて幸せ絶頂期に振りやがった挙句
その後日、仲むつまじい元カレ新カノカップルまで見せ付けられまくったのだ。

 いやでも勿論、あれがただ一つの悲惨経験なわけじゃない。

 同じく遡って高二では、振られた翌日に無理矢理連れてかれた合コンで、
振りやがった男とビックリの再会をするはめに陥った。
おまけに一緒に行ったクラスの美奈代とくっついちゃったもんだから、
もう二度と会いたくもない相手なのに半年以上グループでの行動を余儀なくされ、
イチャコラする二人から視線をそらし、「ワリ勘なのって俺ら損だよ!おかしくないか」と男どもがわめくほど
毎度ヤケで食いまくったものだった。 (私一人でエンゲル係数をあげていた)


 何故なんだ。


 運命の神様は、未来に私にものすごーくいい相手を紹介してやるから、
そのかわりにここらへんで精神を鍛えとけ、と試練を与えてるんだろうか。
どこをさかのぼっても金太郎アメみたいに悲惨な失恋事情しか出てこない私に、
本当に救いの未来はやってくるんだろうか。


 その日は、御厨宅で年内最後の料理教室が開かれる日だったのである。


 まさに横田からブットビ話を聞いた、その当日の午後だった。
冗談じゃないところが痛い。
私の今までの人生の例に漏れなさすぎて、脱力せざるをえなかった。

「どうした、目が赤いぞ?」

 会うなり張本人の御厨ににそう聞かれたが、「映画見て泣いた」とそっけなく答えて上がりこんだ。
この手のごまかしは、経験値が高いのでお手の物だ。
 横田が後からやってきたので、壁まで引きずっていって口止めした。

「ね、ちょっと。 さっきの話、誰にも内緒だからね! ハンナさんにも御厨にも」
「分かってるよ、言える訳ねえだろ。 俺だって恥ずかしいわ」

コソコソ釘を刺していたつもりだったが、
ワンルームマンションの狭さを舐めていた。

「聞こえてるけど。 何が俺たちに内緒なんだって?」

御厨の突然の背後からの介入に、私と横田は文字通り飛び上がった。
「わあッ。 なんでもないよ」
慌てて飛びのく私たちに御厨は呆れていた。
「バカ?」


 今日のメニューは鍋だった。
簡単で、一人用の土鍋があれば野菜をたっぷり摂れて体にいいそうだ。
食べる立場としては年齢分に馴染み深いメニューであるが、
作る立場としては異世界レシピに近い。

「一番シンプルな水炊きで教えるけど、そこに味噌をいれたりキムチを入れたりアレンジもできるから」

 師匠の声に、ウイース、とやる気なし弟子チームはエプロン姿で敬礼した。
顔を見るのも何だか嫌だったので、必要以上に今日は食材に真剣に向き合う。
ハンナさんも今日は一緒に教わる側だったのだが、
「今日は杉山さん、やる気デスネ~」と笑顔で誉められた。

「骨、これで抜いて」

 白身魚を包丁でズタボロに切っていたら、御厨が背中からかがんできて料理用の刺抜きを手渡してきた。
一瞬ビクンと体が拒絶で硬直してしまい、それに気づかれたのか
背後の動きもぎこちなく止まられてしまった。
サラッと御厨の髪が頭を下げてきたのに伴って私の耳に触れ、
ますます気まずさに動揺する。
耳元で「どうしたんだ」と低く呟かれ、その響きと息に不意に全身が粟立ち、
それを吹き飛ばしたくてうなだれつつ首を振った。

「何でも、ないよ」

小声で返すのが精一杯だ。

何だか躊躇したように御厨もしばらくそのままでいたけど、ポンと肩をたたき離れていった。

 叩かれた肩が実際以上に痛く感じて、閉口する。
なかなか体の強張りが抜けず、誰にも気づかれないようにゆっくりと息を吐いた。

 負けるな、自分。
 もう慣れてるじゃないか。

 ぞんざいに扱われるのに慣れる人生って本気で嫌だけど、間抜けにも間抜けなりに意地がある。
落ち込んでるのを悟られたり、本気でショックを受けているのを知られるのは余計にみじめすぎる。
今までと変わりない展開だって納得して、流すんだ。

 ガッツポーズを知らずとっていたらしく、ハンナさんに横から、
「わあ、綺麗に骨とれましたネ~、おめでとう」
と誉められて、ギョッとしつつも「ま、まあ、こんなもんよ。フハ」と
乾いた笑いでふんぞり返った。


 そのまま鍋を囲んで忘年会になり、皆、くつろいで今年の話をし合っていた。
横田はまたチケットの興奮に取り付かれていて、熱く語っていた。

「なんか泥棒とか災難にもあったけど、これでお釣りがくるよ」
「そんなに嬉しいもんデスカ?」
「もっちろん。 もうね、顔がにやけちゃって駄目だよね。 仕事も今年は早めに終了できたし、
 ああ早く大晦日になんないかなあ」

 浮かれすぎだと内心呆れながら眺めつつ静かに食べていたら、御厨が真顔でのぞきこんできた。

「どうした。 お前が静かだと気になるんだけど」
「いや、眠いの。 それだけ」

またもやビクッと跳ねかけたがごまかし、
気のない返事を返したら、横田がブッと噴き出していた。

「カルチャーショック受けてんじゃない。 ほんっと杉山ってガキだよなあ」
「横田!」

ピシッと激を飛ばすと、こっちの剣幕に恐れ慄き、あっそうだったと反省して横田は頭を引っ込めていた。

 口も軽いか、このオタンコナス。
 だからお前はモテないんだと(勝手に推察してるだけだが、多分正解)ビンと睨みを飛ばす私に、
「杉山は子供じゃないです。 なっ! 子供はこんな、食わねーし」
と下手クソなフォローをしたもんだから、コタツの中から横田目掛けてケリをお見舞いした。

 「ウッ」とうめく横田の斜め横で、何だか御厨は様子をうかがっているようだったが、
その視線から完全に逃げ、小皿にだけ目線を落としてひたすら食べ続けた。
どんなにへこんでいても食欲が衰えない自分が嫌になる。


「あれ?」


 私の携帯が鳴り出したので、皆に断ってから出たら高野だった。

「ああ、高野。 何か用?」
『あのさ、明日のバイト無しになったから。
 もう今年は早めに閉めようってことになってさ、だから初バイトは来年の五日から。
 わかった?
 あの兄さんにもそう伝えといて。なんか心配して初日はついてくるって言ってただろ』
「ああ……、今も横にいるよ」

 横田がハンナさんにライブの曲を教えて下手くそな歌を歌っていてうるさかったが、
御厨はこっちに意識を向けていたらしく、電話をかわれと合図してきた。
仕方なく渡すと、しばらく高野と二人話しているようだったが、
私はまたもくもくと食べるのに集中して、ろくに聞いていなかった。

「杉山」

 また御厨に携帯を渡された時は、だからまだ話が続いているとは思わず切りかけてしまった。

「あっ。 何だ、まだ話し中だったの?」

『なあ、ちょっとそこの兄さんを説得してくれよ。 五日は用事があってついていけないから駄目だっつうんだよ。
 そりゃあないよ、神田さんたちに俺がシメられるじゃん。
 俺がちゃんと帰り送るし、大丈夫だからってちゃんとお前からも言って、そんで来てよ。
 なあ? 頼んだぞ』


慌しく念を押しまくった後切られて、溜息をつきバッグへ仕舞った。
高野を見ていると、慌てる乞食は貰いが少ないということわざを思い出す。

 御厨は、横でビールを飲みながら険しい表情をしていた。

「ちゃんと断ったんだよな? 五日は駄目だ、その翌週からにしとけ」
「いいよ、ついてこなくても。 子供じゃないんだし」

ていうか、もうこっちの生活に介入しないでください。
 横で聞いていた横田たちが、何だ何だと質問してきてうるさかったので、
雀荘のバイトの話をしてやると大笑いされた。

「よかったじゃん、お前でも気に入ってくれるってとこがあって」

コタツの中からまたガンと蹴っ飛ばすと、どこに当ったのかうずくまって伸びていた。

「あ、ワタシ五日仕事アリマセン。 ワタシも雀荘って行ってみたかったので、かわりに行きマスヨ」

ハンナさんの予想外の挙手に、横田も慌てて起き上がってきた。
急所に当たったのじゃなかったようで安堵した。

「あ、俺も仕事始め、その次の週からだから行ける。 いいよ御厨、俺たちが行くから大丈夫。
 ひっさびさだぜ、こないだは全然マージャンできなかったからなあ」

腕まくりする横田に、御厨の渋面が向けられていた。

「自分が遊びたいからだろ、それ。 ちゃんと杉山の様子を見なきゃいけないんだ。 そんなんじゃ不安なんだけど」

大丈夫だよ、と横田が太鼓判を押す横で、私も困って御厨に言い返した。

「大丈夫だよ。 二人も来てくれるって言ってるんだし、何も心配なことないって。 平気だよ」

そう言う私の困惑顔に何を感じたのか、御厨もさすがにそれで黙った。

 その晩は片付けをして、ハンナさんたちと一緒に部屋を後にしたので二人っきりにならずに済んだ。


 少しずつ、ゆっくり気がつかれないようにこうやって距離をとっていこうと思った。
ショックだったけど、この先も続く近所つきあいなのだ。
ケンカみたいなのは避けないといけない。

 夜その後、御厨から携帯に電話がかかってきていたが、眠ったことにして出なかった。


 いつから、気になるようになっていたんだろう。
始まりがあんなのだったから、戸惑いながらただ流されていたはずだったのに、とんだ計算狂いだ。
私は間抜けだし、いつも恋愛問題は蚊帳の外で、それが普通だった。
だから踏みこまれることに、ずっと慣れずに生きてきた。

 だからきっと、これは慣れない私だからこその、
みっともない思い込みの強さをくじかれた痛みなんだと思う。
きっとただ、それだけだ。
憧れの恋愛対象にとうとう自分がなれたんじゃないかっていう、
未だかつてないその浮かれた気持ちを早々に店じまいをするはめになったから、傷ついたってだけ。
ただそれだけのこと。

 まだ、間に合うと思う。 でなきゃ、哀しすぎる。





                                 <つづく>



さあ、横田のおかげで御厨、ハードルを
最高に高く設定されてしまいました。
今後の彼の奮闘を祈ります(遅更新、申し訳ありません)

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takaoサマ、裏トレマーズにお返事書きました。
遅くなってスミマセン!





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ダメージ(祝ホワイトバレンタインSS・「ご近所サマ」番外)

番外2

横田「まーた俺絡みで、突発SSだそうです。 ………何で?」
杉山「今日はホワイトバレンタインデーですね!」
横田「えっ? それ絡み? 何かあったっけ」
杉山「顔に騙されてチョコをあげた人も、一ヶ月もありゃあその気持ちも冷める。
   そんな横田だから書きやすいんじゃないかと」
横田「はあ!? バッカじゃないの、俺の良さは中身よ中身」
杉山「どこに良さが?」
横田「………………」




         死ね横田 (チームメンバー一同)

----------------------------------------------------------------------------------------------------------


祝ホワイトバレンタインSS
     「ダメージ」




 発端は怪文書だった。

「久我先輩、これ見てくださいよ」

 早朝会議ブースに現れるなり、一部の冊子をひらつかせながら血相を変え飛びついてきた金井でそれは始まった。
 うちの部署は総合職全員がSE、つまりシステムエンジニアだ。先に会議テーブルに行儀よくついていた平野が慌てて「先輩の前なのに、何を朝から叫んでるんだ」とたしなめていたが、そこを突破して金井は俺の手元にその肝心の紙束をねじこんできた。
「これがコピーされて全社屋に出回ってるんですよ。 見てくださいってば」
 んだよ、と面倒くさそうに横にふんぞり返っていた丸山がそれを受け取り、斜めに眺めていた。俺は「いーから席につけ」とまた緩みだした全員を叱咤していたが、丸山の周辺でその冊子をのぞきこむ連中は一歩も動かず、何でか全員険しい眼力に満ち満ちていた。
「おい。 そんなもん、後にしろよ。 進捗状態を報告し合わなきゃ解散できねえだろ」
 俺が言っても丸山、木谷、田下は「それどころじゃねえ」とドスのきいたセリフで返してきた。
「何なんだよ、それ」
 疲れた声をあげる俺に、後輩金井が食いついた。
「アレですよ、出向で関連会社から来た連中にこの周囲の食いもん屋を教えてやるっていう、どうでもいい企画を久我先輩が立てて、それを横田に横流ししてやらせたじゃないですか。 その文面が評判になってるって、総務の子からコピーをもらったんです。 久我先輩も見てくださいよ。 見なきゃ分かりません」
 金井の切羽詰った怒り顔にしばらく嫌悪の表情で見入ってから、しょうがなく丸山の手元をのぞきこんだ。

 そこには横田の在り得ない「俺たちの紹介文」までが記載されていた。

 ブースは、全員でその文書を穴があくほど睨む、不気味な沈黙に満ちきっていた。

 確かに「やっとけ」と横田に命じた通り、会社周辺の食事処の案内文はちゃんと冒頭に書かれてはいた。
例えば会社を出て十歩先のラーメン屋なら『ラーメン中吉。会社を出て右に十歩の距離にあるので、仕事で押した昼休みにもってこいの店だが、ここのラーメンチャーハンセットは巨漢の大和田課長ですらリバースしかけるほど大量なので要注意。 ここの店員のヒョロッとした青年は、なぜかいつも悲しそうな顔をしているので慰めたくなる。最後に、味については大味とだけ書いておく』とか『うどん屋88。 なぜうどん屋なのに88なんだろうと筆者は入社した当時から謎で、毎度看板をしばし見つめてしまう。駅へ向かって黒ビルをまわってすぐの場所にある。ここのおかみさんはまるで林家パー子のように脳天から飛び出す怪電波のような声を客がくるたび張り上げるので、毎回滑りそうになるので気をつけたいところ。(この店の床は油でも擦り付けてんのかと思うほど、足を取られやすい) ここの鍋焼きうどんは絶品。 耳栓持参であれば非常によい店』などの行った人間でしか分からない状況説明までなされたある種、ごく親切なとぼけた「S社周辺・食い倒れ情報」には叶っている。
 
 だが。

 おまけと記されている「筆者周辺の開発部メンバー紹介」なんか、誰が書けと言った。

 丸山が唐突にわめいた。

「横田はどこだ」
「早朝から栗田プロジェクトのほうに出張ってます」
「携帯で呼びつけろ」
「駄目ですよ、会議中ですって」

 金井と丸山が言い合いをしてる前で、木谷が切っ先のような眼力溢れるしかめっ面で棒読みしていた。

「木谷義彦SE。28歳独身。 いつもスカしたクールで女とみまごう綺麗顔と細い肢体、某提携先ではファンクラブを作るほど一見してスマートに見える人だが、実際はチマチマと家計簿をエクセルで出費のたびに入力する家庭的なオカン気質の男性である。 この人をマメ太郎と言わず誰を言うという点で、ごく密やかに開発部では暗黙の了解一致事項である。 飲みに繰り出しても、幼い頃公文で培った暗算ワザでもって、一円たりとも妥協せずワリ勘にされるので後輩泣かせ。 だが女性にはケチではないようなので一先ずご安心を。 ………横田、殺す」

 全員が静かにメラメラと怒っていた。
 金井が嘆く。

「木谷先輩はまだいいっすよ! ファンクラブだのクールだの一応は誉めてあるじゃないっすか。 俺なんか『自覚のない中途半端なデブ』っすよ!?」
「俺はハゲ予備軍で二次元愛好家で、筆者の尊敬する大オタク。 どっこも誉めてねえ!」

 ざわつくブース内で、俺も自分の箇所を改めて注視した。

 
 久我 真。 三十歳。 我が開発部主任で、生粋のギャンブラー。 いい加減そうに見える大雑把な外見にふさわしく、
 全てにおいて鷹揚で大雑把な人物である。
 誰も久我氏を主任と呼ばず久我先輩と言うのは、本人も主任に昇進したことすら忘れている体たらくなせいである。
 テクニカルの腕は凄いがそうは見えない。
 「何とかしてこい」とフロアに走る怒声は間違いなくこの人物から発射されていて、それはローレライのように四六時中
 天井を彩る。 休むと一番目立つ人。
 実の親に「動物園だ」と競馬場を連れまわされた幼児期を経たせいか、賭け事ということになるとプロジェクトにも
 見せた事のない熱意と興奮をみなぎらせる。
 何か頼みたい人は「じゃあ賭けるか」と持ちかければ、十中八九ノッてくるのでおススメ。 
 関係はないが合コン大好き人間なので、皆さん誘ってあげてください。  



 
「誰だ、横田に書かせたのはー!」




 俺の怒鳴り声に、一瞬空気が止まったかのように静まったブースだったが、二秒後には倍で返ってきた。

「久我先輩じゃないすか!」
「久我てめえ! 責任とれッ」

 頭を抱えて、金井に怒鳴りつけた。

「金井、お前サッサとビル内から一切合財回収してこい!」
「無理っすよ~! おもしろいおもしろいって、コピーがまたコピーされて回りまくってるみたいっすから」
「じゃあ皆、もう読んじゃったんですか!?」
「平野は紳士でノーブルだって誉められてんじゃねえか」
「でも女の趣味が最悪に悪いって書かれてるんですよ」
「俺のハゲ予備軍よりはマシだ!」
  
 結局は回収不可能だったその迷惑文書は、永遠に社内の人間の記憶に刻まれてしまったのだった。 勿論俺たちは社内の女の評判だけを気にしてた訳じゃないが、話したこともない人間から出会いがしらに笑われたりするのにはとてつもなく閉口した。 
横田め!
 だが、張本人はケロッとしていた。
「サービスで付け加えただけですよ。 ホラ、うちの部の連中って仕事漬けで外部から遮断されてるじゃないっすか。 人って当人を知らないヤツに人物描写を説明する時、的確にその人の印象を語るっていうでしょ、髪が長くて中肉中背でホクロがある子とか。 ま、少しでも親近感が芽生えればと」
 どこが親近感だ。
 腹が立つあまり声を失って怒髪天を突きそうな俺たちを前に、空気を読めないバカ横田は笑いやがった。
「横田くんの書いたのおもしろかったよ、第二弾はないのってしょっちゅう聞かれちゃって、俺もうマジやばいっす」

 死ね。

 全員が拳を震わせ睨みつけたそれは、折りしも今年初旬の事だった。


 三月十四日、ホワイトデーの本日。
 部内では男どもが空調完備のフロアー空間でそろい踏み、燻っていた。
「さっきから総務の如月ちゃんが、チョコチョコのぞいてるような気がするのは気のせいか」
 無言でキーを叩き設計中の俺の呟きに、金井が斜めから首を振ってよこした。
「気のせいじゃないっす。 横田へのチョコのお返し欲しさに、渡し易い環境を作ろうとしてるのかと」
 金井のぼやくような言葉に、全員がその瞬間驚きのあまり静止した。
「マジか」
「マジっす。 あいつ、義理チョコかよ~、返しがメンドくせ~とか先月ぼやいてたけど」
「義理だろ? 横田なんかに」
「じゃないっす。 ムカついたから黙ってたけど。 あれは完全に本命チョコっすね。 手作りっぽかった」
「うそ…………」
 田下がいかにも衝撃といった感じにうめいた。 パソコンに向かっているチームで、そんな田下の様子を怪訝に見守る。
「おいお前、如月ちゃんに気が合ったのかよ」
「社内だぞ? おまけにお前好みのバーチャルギャルじゃないぞ」
「ふざけんな、そんなんじゃねえよ」
彼女はギャルゲーのキャラ真理にすんげー似てるから、内心で可愛がってたんだと頭を抱える田下を、全員でその瞬間、心理的に遠巻きにした。
「お前への横田の描写は、悔しいがツボを突いてる」
「うん。 俺、今ちょっとひいた」
「何だよ! 俺がちょっと心のオアシスを作って何が悪いんだよ」
 全員が多分、(それをオタクっつうんだ)と同時に思っていた。
 クソ~、と髪をかきあげてうなったのは木谷だった。
「こっちは横田のせいで、バレンタインにそろばん型チョコとか妙なもんばっか貰うはめになったんだぞ。 『エクセルじゃなくてごめんなさい』とかメモつきで」
「木谷先輩は貰えただけいいですよ。 俺なんか事務の子の部一同様の超極小チョコだけだし」
「金井がもてないのはアレのせいだけじゃねえだろ」
 全員が指を動かしながら憮然と雑談していたが、誰からともなく呟きが上がった。
「面白くねえ」
 顔を上げず、俺もその声に便乗した。
「激しく同意だ」
 男たちは目だけで熱く結託した。 忘れかけていた怒りが再度沸点を得て、俺たちは横田への憎しみに燃えたのであった。 正直、通常バラバラの全員の意見が一致したというのは、画期的であった。 いつもなら温和にとりなす役柄の平野までが立腹していたというのも、大きかったのだろう。平野はこの先どんな彼女ができようとも「どんな変人女だ」と興味深く注目されるとあって、未来の恋人に対し義憤に燃えていたのかもしれない。

「ただいまーっす」

 そこへのこのこ帰社してきたトンマ横田。 相も変わらず空気をさっぱり読まない横田は、「何か難しい案件でも出たんですかー」とか、全くやる気を感じさせない棒読みで語りながらバッグをデスク下へ蹴りこんでいた。
「別にねえよ」
吐き捨てるように舌打ちする田下にも動じず、「そっすか」と鼻唄まじりにご機嫌だ。
 チーム一帯に、横田に対する氷点下の眼差しが錯綜した。
 どうしてやろうか。
 皆、気持ちは一心同体であったのだが、だからといって急に打つ手があるという訳でもない。
 おもしろくねえ―――――という睨みが交錯する中、だがそこへヒョコッと現れた如月ちゃんによってその空気が一新された。
「あ、如月」
 何も考えてないバカ横田が声をかけたもんだから、如月ちゃんは動揺し目を白黒していた。 かわいそうにフロア半分が彼女に注目しちゃったもんだから、萎縮してしまうのも無理はない。
(まさか、この場でお返しするつもりか?)
 俺の眉がしかめられたのを見咎めて、木谷が視線を走らせてきた。
(デリカシーがない横田だから、俺らの常識で判断できん)
(マジか。 なんでこんな男がもてるんだ)
(もっともな意見だ)
 男同士で目で会話するなんて初めてかもしれない。 そんな気色悪い経験を満たしている俺らの脇で、横田はバカ丸出しで如月ちゃんを手招いていた。
「チョコ、ありがとーな。 うまかったって言ってたよ!」

 そのとたん、空気が凍りついた。 気づいてないのは、バカ横田だけだ。

 遠慮気味に低く話しかけたのは、平野だった。
「言ってたよ、って………食べたのはお前じゃないのか?」
 せっかくの平野の如月ちゃんへの配慮のための小声も、フロアに響き渡る横田の声でムダに終わった。
「食べるわきゃねーじゃん、俺、甘いの苦手派よ? 隣の杉山が食ったんだよ」
「誰だ杉山って」
「マンションのお隣さん。 ホラ金井、前に話しただろ。 短大生19歳」
 こちらが手を下さずとも、横田は笑いながら自爆していた。
 肝心の如月ちゃんはどうしてるんだと懸念の視線を飛ばしたら、案の定、蒼白の表情で凍り付いていた。
「おま、失礼なやっちゃな! 貰ったんなら自分で食えよ」
 金井の叱責に訳がわからないという表情で戸惑っていた横田だったが、動かなくなった如月に機嫌よく手を振ってみせていた。
「ありがとな、義理チョコ! これ、返すわ。 食った責任をとらせて杉山に用意させたヤツだから、何なのか知らんけど。 ホラよ」
 ポーンと投げて宙に円を描いたそれは、強張って立ちんぼ状態の如月ちゃんの右腕に当たってそのまま床へ落っこちた。
 横田が笑った。
「へっぽこキャッチャー。 退場もんだな!」


 お前がな。


 チーム全員プラス如月新メンバーで、能天気無神経男を呆然と眺めていた。
 


                                         <つづく>


                                 (ホワイトバレンタインデーが平日である設定になっております) 
----------------------------------------------------------------------------------------------------------


横田つづく? なんでつづくんだよ!?」
杉山「あんたってホント、どー~~~~~しよ~~~もないね………………」
横田「終了だ終了!」
杉山「何焦ってんのよ、この後に何があったわけ? この人でなし」
横田「俺のどこが人でなしー! ただ単に気がつかなかっただけだろーが」
杉山「つうか本命チョコをただの近所の人間に食わすなよ! アンタ並みに無神経な人間だと私が思われるじゃないか!」
横田「畜生、もう何が何だか」 





ホワイトバレンタインデー
企画でした(でも続きます)

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遅くなりました、
ゆこちんサマ、takaoサマ、makiサマ
お返事コチラにございますのでチラ見なさってください



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ダメージ・後半(祝ホワイトバレンタインSS・「ご近所サマ」番外)

番外2

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ホワイトバレンタインSS
     「ダメージ(後半)」




「す…………杉山さん、て、誰ですか…………?」


 至極もっともな質問が蒼白一色の如月ちゃんの口からもれて、ようやくフロアの金縛りが破られた。
 だが反応したのは、なぜか横田でなく金井だった。
「わ、それはもう、もっともな疑問なんだけど、そーいう女性じゃないから! 本気でただの近所の子ってだけで、別に色気のある関係の子じゃないんだよ」
それだけ大急ぎで釈明すると、不機嫌このうえない面で(何で皆そんな目で見てんの?)と当惑顔の横田の頭を思い切り叩いていた。
「ホラくそ横田、お前が説明しろや。 なんで俺が貴様の代弁しなきゃなんねえんだよ」
「イッテ! なっ、何すんだよ金井」
「痛いのは貴様の脳みそだ」
 いい気味だから金井と横田のどつき漫才をそのまま見ていたかったのが本音だったが、一応は就業時間中なのを踏まえ、仕方なく俺は咳払いした。
「あー、横田金井、それから如月ちゃん。 悪いけど続きは終業後にしよう。 金井、釈明会見会場を設定してやれ」
 何で俺がっ、とそのヤブへびさ加減に蒼白顔で仰天してる金井から目線を外し、全部の流れをあますことなく観察中だったチームメンバーを見やった。 全員がもっとやれという目で金井を応援していたため、不満げに俺を睨んでもいた。
「俺も見てー」
「俺も、横田がのたうちまわって苦しむサマが見たいなあ……」
「俺、今日予定ないし、参加希望」
「あ、俺も」
 次々参加表明が悪魔のような笑みでもってなされる中、金井はますます呆然としていたが、肝心の横田はポカンとした後に、なぜか笑い声をあげた。 
「おっ。 宴会っすか?」

 再び横田へ向かい、全員の刺殺しかねない氷点下の眼差しが集結した。

 こらダメだ。
 まずはこの男に、おのれの無神経ぶりを自覚させるところからか。 そこからなのか。

「金井、平野。 横田に再教育かけとけ」
 平野と金井が泡を食って立ち上がり、そんな理不尽なと猛反論してきた。
「そんなの暖簾に腕押しとか水をザルですくうのと一緒で、ムダな努力ですよ!」
「お前らなあ、如月ちゃんが不憫じゃないのかよ」
「それとこれとは別です」
「いいから、しろ! 同期の桜で責任とれ」
 俺の一喝で、よくわからないうちにその夜の横田反省会・メインゲスト如月ちゃんの飲み会が決定したのだった。




 夕刻の四谷三丁目のゴールデン飲み屋横丁。
 こちらとしては今までの積み重なる横田への鬱憤を晴らすちょうどいい憂さ晴らしであったし、大勢に叩かれてへこむ横田を見れるのであればと、全員がいい気持ちでフン反り返って参加していた。
 金井と平野だけが「如月が可哀相だ」と横田へ完全なる釈明を求めて懸命になっているようだったが、そんなもん。
 こんなアホ男に見切りをつけるいい機会なんだから、いっその事トコトン嫌われてしまえと他メンバーは高見の見物でウハハ状態であった。

 待ってた甲斐があったぜ。
 横田の先輩チームは、実に胸のすく思いで美味い酒をかっくらっていた。

「もう俺、こんなヤツと同期になんかなるんじゃなかった」
 金井と平野はテーブルに突っ伏して疲労困憊していた。 横田の失言をいさめて新たなホワイトデーのお返しを買いなおさせるだけの事に、残業や突貫カンヅメ作業をするよりも疲れたようだ。 だがその大海をお猪口で空にすべくすくうような果てしなく報われない作業が同期チームにより行われたため、今の横田は反省に表情を曇らせ、駆け足で買いに行ったという大箱のクッキー詰め合わせセットなるものを前に、正座姿でしょんぼりしていた。
 実にいい光景だ。 実にいい気分だ。
「あの、俺、本当に義理チョコだって思ってて………箱小せえし」
 反省とは名ばかりで相変らずの横田節に如月ちゃんが正面でぶわっと涙目になったと同時に、サイドに責任者として座らせられていた金井と平野が蒼褪めた。
「お前、さっき言っただろ! 小さいとか、たかが五粒だったからとか、しょぼかったしとか、そんなセリフ吐いたら殺すって―――――――!」
「金井落ち着け、お前が言ってるお前が」
 真ん中でうろたえていた横田も、そこでようやく(あっそうだった)と顔色を変えて、深々と如月ちゃんにむかって頭を下げた。

「俺が無神経で、失礼千万で人でなしでした。 死んでお詫びしたいところですが、こんなアホでも仕事に穴をあけるわけにはいかず、それは勘弁してください。 死んだつもりで如月の気の済むまで尽くします。 そんくらいの罪悪感をもっています」

 かなり棒読みであったが、さすが平野と金井の必死のつけやばき土壇場情操教育の成果だ。 普段の横田からは死んでも聞けないようなセリフがポンポンと飛び出し、俺たちまでもが謝られたように、かなりいい気分になった。
 痛快だ。 こいつが神妙な面をしてるという、それだけでも顔に締まりがなくなるほど痛快だ。
 
 何度でも言う。
 へこまされて反省した、横田の姿を肴にしながら飲む酒は最高だ。

「カンパーイ!」

 美酒にノリノリの俺ら先輩チームに、平野が「先輩たち、気持ち分かりますけどあんまりですよ! 主旨を忘れてます」と小声でたしなめてきた。
 
 そうだった、如月ちゃんのハートメンテナンスだったなと、木谷らとスルメを口にくわえたまま、テーブルど真ん中で初っ端から繰り広げられている横田と如月ちゃんの仲直り談義に注意を向けた。
「杉山は本当に単なる隣人で、気が置けないっていうか、気が楽な相手なんだよ。 あいつ相手だと何を言っても怒ってるから、他の反応ってそういやあんまり見たことがないし」
横田の何のフォローなのかよく分からないコメントに対し、平野が眉をひそめていた。
「いつも怒られてるのに、それが気が楽なのか? よくわかんないな、お前の好み………」
「だー! 違うわアホ。 好みの女の話をしてるんじゃない。 俺、女って今イチよくわかんないけど、俺といると大体の女は怒ってるから、そういう反応のほうが慣れてるっていうか………」
「…………………」

 それは分かってるのか………ならどうして怒る原因を探ろうとしない、とその場にいる全員がその時そう思っていた。

 言葉の使い方のなってないアホ横田なりにも平謝りし、如月ちゃんの杉山疑惑が周囲の介入フォローによって晴らされていき、如月ちゃんも苦笑していた。
「横田くん、前に開発部の紹介テキスト書いてたよね」

 ピク。
 今の今まで天下泰平気分でいい調子に酔ってきていた俺たちが、そのとたん静止してしまった。 金井と平野が、(うおっと、それはこのメンツの前じゃ禁句)といった引きつった顔面で如月ちゃんに目で訴えていた。 横田にだったら幾らでも突っ込めるものの、相手が如月ちゃんではそうもいかないらしく、困惑げに空気を伺って無言で慌てていた。

「あれね、ちょっと私、羨ましかったんだあ………」

 なぬ?

 さびしそうに如月ちゃんが照れをごまかすように微笑む横で、俺たちはその夜で一番、最大級に耳がダンボで。
 羨ましい?
 俺たちはこっそり顔を見合わせた。
 
 どこらへんが?

「その、杉山さんをああいう風に紹介する文章を書くとしたら、どんな?」
 如月ちゃんのさびしそうな声音に気付かず、えー?と横田は面倒くさそうに頭をかきながら首をひねって思案しだした。

「よく食うからか、初対面の印象ではおそらくコブタ。 小さい体にポーチャポチャ肉がついてるから、映画の「ベイブ」の主役のアレを彷彿とさせる。 愛嬌はあるが幼稚で短気、のんきな印象のくせに親しくなってくるとこれが、腹でも立とうもんなら手が出るケリが飛ぶ。 瞬時に報復してくるので油断ならない。 肝心の同年代の男には全然もてないんだけど、オヤジ世代以上の年代にはなぜか『うちの息子の嫁に』『いやうちの孫の嫁にぜひ』、と半分以上本気で勧誘されるほど人気がある。 女のくせに料理が苦手で、堂々と食べる専門で生きていきたいと言い放ってる怠慢娘。 それからえーと、身の程知らずにも面食いで―――――」

 どこまで続くんだ、と即座にそこまで語れる横田に呆れながら盗み聞きしていたが、横田は如月ちゃんがしんみりしている事に気づいていないらしい。 
 もう俺たちの脳内では鼻をピクピクさせたブタの姿になっている杉山嬢の説明を延々と続ける横田を、ポカッと金井が殴っていた。
「もういいわい」
「俺は頼まれた事を言っただけじゃんか」
 小競り合いをし始めた二人に、如月ちゃんはうつむいて沈んでしまった。 田下が盗聴をやめ、そんな彼女を慰めだした。
「気にすんなって。 聞いただろ? 如月ちゃんのほうが全然イケてるって。 今の横田の描写聞いて、そんな気がある関係と思う人間はまず、いないって」
 だよな、と微笑んでやっぱり介入しだした丸山と田下を前に、さびしそうな笑顔をしたまま如月ちゃんは首をかすかに振った。
「そうじゃないんです」
 平野がバカ横田組の仲裁に入り、そんな如月ちゃんのほうへと注意を向けさせている。 ようやく如月ちゃんが落ち込んでる事に気がついたらしい激ニブ横田は、正真正銘、目をパチクリしていた。
「如月? 何でそんな暗くなってんの?」
「横田くん」
 それから、如月ちゃんはまた笑った。
「私のことを書くとしたら、どういう風に書く?」

 そういうことか。
 なるほどね、と溜息をついた俺の周囲では木谷だけがどうやら同じく気づいたようで肩をすくめていたが、他のメンバーは全員、彼女の言いたい意図が全くもって不明な模様で、顔に疑問符がバッチリ浮かんでいた。

「え? 如月を?」
 横田はちょっと考えこんでから、さっきの杉山嬢の時とは全然違う、つっかえつっかえな口調で話し始めた。

「同期入社で総務部配属、社内でも評判の美人。 で、…………えー…………」

 それから沈黙だけが続いた。
 皆が見守る中、如月ちゃんも苦笑して横田を見つめた。

「まだ全然、知ってもらってないんだね。 まず、そこからだったんだね…………。 横田くん。 無理にとは言わないけど、もしよかったらこれから仲良くしてくれないかな。 それで、いつか私についてもスラスラ説明できるようになるほど、親しくなってくれたら嬉しい。 そんなお願いって、迷惑かもしれないけど」
 如月ちゃんの笑顔がわずかに不安そうに翳っているのを眺めてから、俺は注意を酒に戻してクイッとグラスを空にした。


 まあ、それはそうだよな。
 まずは知らないことには、何も始まらない―――――――――――



 まるで中学生日記のような爽やかなその場面に、「別に迷惑じゃないよ。でもまあ、接点があればだけど」という横田のバカ正直なんだろうがやっぱり無礼千万な返答が続いたのと同時に、異口同音の「お前から『お願いします』だろ!」という怒声を伴う説教が店内中に響いていた。









 
 あれから、別に特に変わった状況は二人の間にはないようだ。 相変らず横田は空気を読まずに絶好調だし、遠慮気味のおっとりした如月ちゃんは社内のアイドルで皆に可愛がられている。 如月ちゃんには悪いが、相手が悪すぎるかもしれない。
「違うだろ。 横田なんかには勿体無さすぎなんだよ」
「だーな。 まとまったらふざけるなっていう感じだよ」

 最初はそういった意見が主だった。
 それが変わったのはつい最近だ。

「くそう、横田の反省なんか実のない陽炎みたいなもんなんだから、あの姿をおかしがってるよりもまず、口止めするのが先決だった!」
「俺たち、バカじゃねえ?」
「撤回しないで、裏づけばっかりとっててどうすんだ」 

 後日、木谷氏は飲み会の席で合計額を見ただけで瞬時に一人頭の支払額を割り出し、田下氏はゲームキャラについて熱く語り、やっぱり久我主任は大雑把な人だったという総務部発の噂がまことしやかに流れたのである。
 だからあの紹介文は、やっぱり信憑性があるんだねと。 さすが横田くんだね、だそうな。
 そんなバカな。 如月ちゃん、アンタそれは酷すぎる。
 横田のザマを面白がるのに忙しくて、もっとも重要な文書に対する釈明をすっかりし忘れていたことに後になって気づいた俺たちは、盛大に頭を抱えるはめに陥ったのであった。



                               


----------------------------------------------------------------------------------------------------------


横田「イデーーーーーデデデデッ」
杉山「死んでよし」
横田「グアー! ギブギブギブギブ!」







番外編でした(全員大ダメージです)
ご拝読、どうもありがとうございます

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拍手ありがとうございます!
ご近所サマ・くらサマ(他、「レス不要ですよ」な5名サマ)
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24 避けまくり年末

11 ハンナさんの恋

ハンナさんの恋





   11 ハンナさんの恋





 大晦日の日までの二日間、私は夜に御厨の家にお邪魔するのを、
あの手この手で避けていた。

 まず、電話に出ない。
 それから、外で顔を合わすとまた誘われてしまうので、
部屋を出る時は苦心して 忍者のようにコソコソとしていた。
バカみたいだとは思ったが、顔を合わすと自分が何を口走るか分からなかったので、
自分の気持ちが落ち着いて凪ぐまでは静かに一人でいたかったのだ。

 トモちゃんたちの家にでも避難できればそれが一番だったのだが、
彼女らは例によって雪の世界でアバンチュール中だ。
後から合流させてもらってまぎれこもうかとも考えたのだが、
『すごいイイよ! イイ男入れ食いだよ~☆』
『三人でよかったかも~♪ 誘われやすくってえ』
というメールが届くに及び、その考えはあさっての方角へ投げ捨てた。
私が行ったら邪魔みたいだし、絶対にノリに乗れなくて疲れそうだ。

 あと、コンビニの前を通るのは避けた。
私が出かけると帰りに何故か御厨とコンビニでよく鉢合わせするので、姿くらましをかけたのである。
御厨は男にしては家事家計ともにしっかりきちんとやる派で、コンビニは割高でダメと言い切ってるのだが
やっぱりマンションの一階に位置するコンビニは行き易いのかよくのぞくようだったのだ。
とはいえ、やはり割高だからか食材などは買うことがなく、雑誌などしか購入しているのを見たことはない。
振られた相手だが、そういうところは見習いたい。

 そして洗濯を干す御厨の目に留まらないように、その時間帯の外出は絶対に避ける。
家にピンポーンと来てしまっても、「トイレ中ということで」、または「シャワー中だということで……」
と脳内で言い訳を頑なにしながら居留守を連発した。


 さすがに不自然すぎたのか、ゴンゴンと大晦日に玄関ドアを叩かれた時は飛び上がって、
しょぼくれながらドアを開けざるをえなかった


「今日は初詣に行く約束だったよな? ここ最近、お前が全然電話に出ない理由を聞かせてもらおうか」


 仁王立ちで上から真顔で見下ろしてくる御厨に動揺し、逃げる理由を手にしたとばかりに慌てて部屋に戻った。


「電話? あれえ、嘘、全然気がつかなかっ………」


慌てながら携帯を開くと、マナーモードで放置してから、
すごい数で御厨から着信していたとの表示が目に飛び込んできた。

「うわあ、ごめん」

ここまでとは思っていなかったので素で謝ると、ちょっと気をくじかれたみたいに
硬かった御厨の表情が緩んだ。

「風邪で倒れてたとかじゃないんだよな? 洗濯はしてたみたいだし」

額に手を当てられ、その手の温かさと至近距離に(うおー近い近い、近いっつのー!)と辟易し怯んだ。
「熱なんかないよ」と慌てふためき飛びのくと、眉をぴくっと上げられた。


「こないだから変だぞ。一体―――――」


何を言いかけていたのか分からないが、そこへハンナさんが現れたのでそこで話は運よく終わった。

「素晴らしい! ワタシ日本のこういう正月行事に参加するのはショ体験デース!!」

 渡り廊下に響く大喜びのハンナさんのデカイ声に、御厨と二人思わず咳き込み、
「ハンナさん、待った」「そういう単語、デカイ声で言わない」と注意を呼びかけた。

「正月行事を?」
「違う違う、初体験のほう」

 三人で最寄の神社へ向かい並んでいたが、しょぼい所なのにさすがに晦日の晩だけに
集客数が多くて、割と列は長めだった。
その列の両脇を屋台がひしめいていて、私はもうそっちへ目が惹きつけられてどうしようもなかった。

「クレープだ。 あ、甘酒。 あんず飴だ~っ!」

そのたびに買いに飛び出そうとするのを、首根っこを掴まれて御厨に留められていた。

「一回全部を見て、それから食べたいものを絞るのが通だ。 そんな調子じゃ、
 並んでる間に気持ち悪くなるぞ、食いすぎでっ」
「だって、売り切れになったらどうすんの」
「なんないよ!」

ハンナさんは私たちの言い合いを聞きながら、ずっと笑っていた。

「本当の兄妹みたいデスネー」

 やっと前列に着いて、ガランガランと紐をふりまわし鐘を鳴らすと、
ハンナさんは感激のあまり携帯で写真を撮っていた。
三人で並んで手を合わせたが、何を祈るか全然考えていなかった私は、毎年恒例のお願いをそっと頼むことにした。




 今年こそ、運命の人に出会えますように。




 そうして毎年叶えられることのなかった夢だった。

 今年は奮発して5百円玉を投げたので、ちょっと叶うような気もしていたが。
力をこめてお賽銭箱へ放り投げて、入ったのを確認しホーッと見守ってる私を、
何だか御厨は観察して笑っていたようだった。

 本当に冗談じゃなく、頼みますよ神様。
 合わせる両手が力の入るあまり揺れるほど、真剣にお願いした。
 怒涛の不発弾継続人生を、もうここらへんで改良してやってくださいませんと。

 ハンナさんは神社自体にも感動して飛ぶように歩いているので、追うのに骨が折れた。
まあ、こっちが買い食いをしてなきゃもっと容易に追えてたはずだが、
それぞれにしたい事があるので仕方がない。

「あっ、あんなとこでおみくじ引いてる」

前方にハンナさんを発見し指をさしてる私を、いつの間にか横にいた御厨が笑って見下ろしていた。

「なんか、今日はいつもの杉山だね。 よかった」


 まさかそんな近くにいると思っていなかったのでギョッとして見上げたら、 
またちょっと不審げな顔に戻られてしまった。

「やっぱり変か。 前だったらここで笑ってたのに、なんでそんなに驚くのさ」
「だって横にいるって思わなかったんだもん。 ハンナさんとこ行こう」
「うん」

返事と同時に手を握られたのでビックリした。
弾みでよろけたのをもう一方の手で支えられて、仰天して見上げてたら不思議そうに見つめられた。

「何?」
「その、手………」

視線で、ココ、ココと握られた箇所を示すと、ブッと噴きだされた。

「だってつきあってるんだから、これくらい当たり前だろ?」

それから機嫌よさそうにつないだ手を振りながら歩かれて、困惑したまま遅れずについていこうと慌てた。

まだ言うか、そんなことを。
いや、ちゃんと終わらせてないからか、と頭を抱える思いがした。

 両天秤なのか、同情横滑りの父性愛なのかは分からなかったが、
このまま普通につきあうって解釈をされていくのは間違っていると思った。
 隣りを歩く御厨の顔は遥か頭上にあるけれど、その表情が明るいものであるのは
雰囲気からも伝わってくる。

 人の気も知らないで。

 つきあおうと言ったその思いつきが、どれだけ軽いものだったのか
こちらには分からない。
でもそれに私は見事に乗ってしまい、みっともないほどに舞い上がっていき、
勝手にものすごいスピードで惹かれていってしまった。
以前は全く意識してなかった相手だったのに、
あんな提案さえ仕掛けてこられなかったら、本当にただ
すごく親切で大好きな近所のお兄ちゃんてだけで済めたのに。

 本当に早く何もなかった頃に戻らなきゃな、と心の中で低く呟いていた。

なかった事にするには、この気持ちをまず消さなきゃいけないんだ。
こうしてつながれた掌の温度に胸が波打つことも、
久しぶりに会った御厨の渋面にすらも鼓動が跳ね上がったことも、
全て白紙に戻さないといけないんだ。

こうして、つながれた手に嬉しくなってしまうこの気持ちも。




「あれ、ハンナさん泣いてないか」



だから、そうこう考えめぐらせていたので
御厨の言葉を聞き取って反応するのに一歩遅れをとってしまった。








見事に季節感レスです
(遅更新ですみません)

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25 ハンナさんの恋

11 ハンナさんの恋

 手を解いてハンナさんへ向かった御厨の後を少し遅れて追いかけると、
本当にハンナさんが泣いていたので、驚きのあまり口がポカンと開いた。

「ど、どうしたの、ハンナさん」

 御厨に背中に手を回されていたが、多分泣いている彼女はそれにも全然気がついていないだろうと思われた。
周囲の好奇の視線をうまく自分の背中で遮り、御厨がそっとその場から移動させていた。

「ハンナさん、ちょっと静かな隅へ行こう」

言葉もなく泣いているハンナさんの目からは、次々にしずくが伝っていた。
口がちょっと開いたが、白い息が出るばかりで言葉にまとまりはせず、そのうちまた閉じられた。

 なんだかこっちが切なくなってくるような静かなその泣き方に困惑し、御厨を見上げた。
御厨も皆目見当がつかないようで、私には安心させるように柔らかな眼差しを向けてきたけれど
再度それがハンナさんの上に戻った際には、また表情がちょっと懸念で引き締められていた。

 人が来なそうな隅まで引っ張って連れてきたハンナさんを、二人で心配げに見つめた。
さっきまであんなにはしゃいでいたのにと、驚きでこっちも言葉につまってしまった。

このちょっとの時間に、一体何が起きたんだ。

「ち、痴漢でもいた?」

私の言葉に静かに首を振って返されたが、その拍子に涙が一筋頬をはねてこぼれ落ちた。
ハンナさんの泣き顔はこんな時でも白くて透明感があって、花のように可憐だった。
そのいじらしい泣き方に、胸にペンチでつかんでひねられるような痛みが湧くほどだった。


「え? おみくじ?」


黙って突き出されたそれを受け取ったはいいけれど、まさかおみくじで泣いたわけじゃないよなと思いつつ、
困惑顔で聞き返した。


「ソレ、怖いデス」
「…………………」


よく分からなかったが、これで泣いているらしいと察し、御厨と顔を見合わせた。
真面目に意味不明だった。


「ちょおっと……読むけどいい?」


 広げて目を通したが、別に普通の末吉だった。
書いてあることも当たり前で、何の変哲もなく、首をひねって困惑した。

「待ち人って、恋人のコトデスヨネ」

うん、とうなずきながらも、ただのありふれた「待ち人 遠い」という一文に目を落とした。

「結婚相手とかかもしれないけど」
「それは縁談のほうだよ杉山」

 私のいまだに意味がサッパリ分からず混乱している姿へ、御厨がそっと指で突ついてきた。

「杉山、それ枝に結んでおいで。 ハンナさん、大丈夫だよ。
 こういうおみくじっていうのは悪い結果が出たら、枝に結んで拝むと無効にしてもらえるんだ。
 その予言よりもいい未来を招けるようにってね。 怖がらなくて大丈夫だから」

よく分からないけどハンナさんから見えるところにそれを結びに行き、
結んだよとボディランゲージをして、オーバーアクション気味に拝む真似をして見せた。
ちらっと振り向いたら、ハンナさんも続いてひっそり両手を合わせているのが見えた。

 もう一度枝へ向き直り、祈った。
何をハンナさんが悲しんでいるのか分かりませんけど、彼女にとって幸せな未来をどうかよろしくと。



 徒歩すぐの神社だったので、寄り道をせずにそのまま帰った。
御厨の部屋にお邪魔して、少し落ち着いた鼻の赤いハンナさんは
熱々のコーヒーのマグカップをほっそりした手で包み、呟いた。

「ワタシ、悪いことをしました」

 言葉を継げず、ただ黙ってハンナさんを見守ることしか出来なかった。

 ハンナさんは、ようやくゆっくりポツリポツリと語りだし、何か言おうと口を開いた私を、
コタツの中から御厨が手を握りしめて制してきた。


 ハンナさんは、やっぱり不倫をしていたのだった。


「仕事帰りにスタッフに誘われて行った店で、会いマシタ。 とても明るくて、ワタシが引っ込み思案なのを
 いつもグイグイと引っ張ってくれる素敵な人で――――――――――」


 日本人だったのか外人だったのか、それも分からない。
ただ、ひたすら私たちはハンナさんの胸に残るその人との思い出をずっと聞いていた。

どちらからともなく告白をし、泣いてしまったハンナさんの肩を彼氏が抱いて、
ずっとお互い帰るに帰れなくて一晩座り込んで過ごした夜の話。
二人で仕事帰りに見たイルミネーションの下で初めて手をつないだ記憶、
会うのをやめようと言うハンナさんを追いかけてきて駅で捕まった後に、二人ともが泣いてしまった記憶、
いろんなハンナさんの大切なきらきらした思い出の数々をずっと黙って聞いていた。

 私も、ずっと頻繁に会うでもなさそうなハンナさんの彼氏を、
曰くのある人なんじゃないかと懸念を抱いていたけれど。

不倫だから。

その一言では語りきれないくらい、ハンナさんとその人はお互いが好きで、
大事で、苦しんできていたみたいだった。

それがポツポツと話される過去から痛いくらい伝わってきて、気がついたらコタツ布団に私も
顔を突っ伏して泣いていた。
御厨が「杉山」と、お前が泣いてどうすると突ついてきていたが、どうしようもなくて止められなかった。

「杉山さん、泣かないでくだサイ」

あんまりわんわんとうるさかったのか、ハンナさんも泣き笑いして頭をたたいてきた。

「やっぱり―――――――――ダメですね。 ワタシ、遠い人を好きになってしまった。
 恋人というのは近くで寄り添える人じゃないといけないのに、そこにいる人を裏切って、
 ひどい事をずっとしてきまシタ。 もう、やっぱり会うのはいけない。
 分かっていたのに、分かりたくなかったんデスネ、ワタシ。 
 日本の占いはすごいデス。 あんな短い一文で、ワタシを我に返らせました」







 その晩は、年越しで飲みまくった。
泣き疲れていつの間にか眠ってしまったらしいのに気がつき、目をこすりながらぼんやりしていたら、
御厨とハンナさんがまだ話しながら飲んでいる声が聞こえてきて、何となく薄ボンヤリと耳を傾けた。


「出来まセン、嘘なんて」
「あのね、ハンナさん。 男っていうのは、女々しくて見た目よりずっと弱い生き物だから、
 ハンナさんがそう思っていてもまたきっと会いに押しかけてくる。 だから利用したほうがいい」
「だからって、そんな」


寝ぼけていたので話の内容はよく分からなかったが、御厨の声は静かだったけど
絶対曲げないという芯のある響きをもっていた。

「俺じゃなくても横田でもいい。 新しく男ができて、好意を寄せてるって分かるまでは、
 向こうは諦めるきっかけを持てないよ。 自分に伴侶がいようが、元がその上で始まった関係だったんだったら
 尚更。 情って物のしつこさも苦しさも、俺にも経験があるから言ってるの。
 とりあえず嘘でもいいから、一度関係を切らないと」

「デモ……」

 躊躇し消えるハンナさんの声に、穏やかな御厨の声が続いていた。

「一緒にいるのに淋しさしかない恋愛は、もうお互い卒業しようよ。 
 いつか今日までのことを忘れるくらい、あったかい気持ちになれる日が絶対くるから。 
 可愛くてしょうがなくて、一緒にいるだけで楽しい、そんないい恋愛が次にはやってくるよ」


 とりあえず嘘でもいいから、一度関係を切らないと。


 嘘、か。


 寝たふりをしていた先見に感謝し、そのまま歪んだ目元を閉じた。
 その嘘の相手が誰かだなんて、聞くまでもないか。

 今までの通りすぎて、もう笑うに笑えない。
 
 眠さよもう一度カムバックと願いながら、静かに耳もコタツ布団で塞いだ。
 
 そんな風に言われても、もう私には御厨が嫌えない。
 というか、もう手遅れだった。
 避けて避けて近所の小娘を装って、それでもやっぱり会って声を聞いてからかわれて構われて、
それだけでも嬉しい自分がもう此処にいた。
早いうちで本当によかった、と何もなかった今までに感謝しながら
静かに吐息を吐く。

 私はもういいから、是非その優しさでもってして、今度はハンナさんを助けてあげて。

 気まぐれだろうが、御厨に「つきあおうか」と言われて嬉しかった気持ちにこちらも嘘はない。
早急に「もうこっちは完全に浮上したから、もういいよ~」と解放してやって、
私も大好きなハンナさんのために時間を割いてあげてほしい。
元々がどうせ御厨には、その程度の気持ちしか私にはなかったはずだ。
私の気持ちさえ線を引いてほとぼりを冷ませたら、いつかは「あんな事もあったよね」って
お互い大人のゆとりをもって笑い合える日がくるだろう。


 だが、参った。
 近所ってつらい。


 いつかきっと、同じように平常心同士になった私たちは
前のようにただの仲良しご近所さんに戻れる。
過去のあんなに辛かった気持ちだって、今はもう当時ほどの熱を持たなくなったのだ。
この生まれたばかりの気持ちだって、いつかはきっと過去になる。

目頭がどんどん熱く溢れていくのをコタツ布団の下で隠しながら、
私はそのまま静かに目をつむった。


 「嘘」というその言葉の本当の意味はそのうち分かるようになるのだが、この夜の時はまだ、
まずいや、聞いちゃいけない話らしいやと、もう一度目を閉じて二度寝に突入したのだった。




                                    <つづく>



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(拍手、御厨編に更新しました。 過去「横田編」は1~13、「ハンナ編」は14~24の拍手ボタン置きです)






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26 お正月だよ全員集合

12 きっかけのご来訪

コーヒー中毒





   12 きっかけのご来訪





 正月の朝。
 ハンナさんと御厨に笑って起こされて、寝ぼけ顔でフラフラ起き上がった間抜けな私だった。
だがのぞきこんでくる御厨とハンナさんは、あのまま一晩中話してたのかよと疑ってしまうくらい
ピンシャンものでくっきり冴えた表情である。
完全に寝ぼけたこちらと対照的な二つの顔は、柔らかく微笑んでいて双子みたいだった。

「あけましておめでとう。 杉山、起きろ」
「オメデトウございマス」
「わー! 私、化粧したまんま寝ちゃった」

目が覚めるなりそうわめいた私に、ハンナさんはまだ腫れた瞳を笑みで細めていた。

「ワタシもデス」

 ふと二人に気がつき、部屋を見回し、御厨の部屋で一晩過ごしてしまったのを知った。
愕然とした。


これも一応、外泊か。
外泊になっちゃうのか――――――? (二軒先の距離で我が家だが)

男性宅に泊まったのは、親戚んち以外で初めてだ!


 言葉にならないほど衝撃を受けている私を、心底面白そうにニヤニヤして眺めている御厨だった。


「何にショック受けてるのか分かんないけど、自分とこ帰ってシャワーであったまっておいで。
 その間に雑炊かなんか作っとくから。 ホラ」


オシリを叩かれて、真っ赤になってギャッと叫ぶ私にハンナさんは
「杉山さん、ウブ~」とのたまっていた。
追い出されながらもハンナさんに、

「また来るよね? ね?」

と二人っきりにならない事を確認しまくる私であった。



 部屋に戻って、昨日のことを思い出しながらのろのろと服を脱ぎ、
言われた通り素直にシャワーを浴びた私だった。
顔を鏡で見たら、メイクをしたまんま寝た事を如実に実感させてくる
見事にパンパンになった顔面がそこにあり、
泣き寝入りしたのでさらに目までもがひどく腫れあがっていた。
うわーブサイク、と自分のそんなマヌケ面が哀しくなって、メイク落としでしつこく洗った。
ハンナさんも今頃シャワーしてるのかなと思い、ちょっと沈んだ。

 自分は今まで不倫って、いけないものの最たる行為の一つだと思っていた。
でも昨日見たハンナさんの姿は、想像していたどんな愛人像ともかけ離れていて、
貰い泣きが止まらないほど、切ないものだった。

 どうして人はいけないって分かっていても好意を持ってしまうんだろう。
ノンキにずっと報われないとのたうちまわってきた独り身歴の長過ぎる私なんかには
まだ分からない思いがきっとそこにはあって、
いつか精神的に大人になった時に私にも理解できるのかもしれない。

 
 自分が知らない感情や状況なのに、出てくる否定の言葉も慰めの言葉もあるわけがない。




 髪を適当に乾かしてから、例のフリースの上下の薄茶色セットを着て
もう一度御厨の部屋を訪ねた。

「わ。 なんだ、髪それ半乾きじゃないか」

 うるさい父性愛の叱責を出会いがしらに喰らい、ハイすんませんと背中をくるっと向けて戻ろうとしたら
腕を引っ張られた。

「俺んとこのドライヤー使って。 ハンナさんも、もう来てるし」
「えー………いいよ」
「いいから」

唇を尖らせてハイハイと玄関へ入ると、そのとたん引き寄せられ
軽くついばむようなキスをされて、心拍が駆け足に飛び上がった。

「ちょ………っ、ハンナさんいるんでしょ!?」
「大丈夫、トイレだから」

そのまま抱き寄せられて、正真正銘困ってしまった。
ねえ、離してよと小声でわめいたのに、もっとギュッとされて逆効果に終わった。

 御厨の女性関係を知るこの間までは、こういう触れ合いがないのをずっと悩んでいた。
知って距離をおこうと決めた今になってされても、ただ困るだけだ。

「お前、本当にかわいい」

そうかすれた幸せそうな声で言われて、ウッとつまり、
そんな場合じゃないのにも関わらず赤面する私だった。
 御厨は頬ずりするようにくっついたまま、「やっぱりこのフリース、手触りいいな」と続けて自画自賛していた。
もうこういうのはやめようと思っていたのにと、抵抗も力で押し切られたまんま、真顔で困惑していた。


 やっぱりハッキリ一度、話をしなきゃいけないのかもしれない。
 だが、うまく揉めないで自然消滅できるか不安だった。 それに今はもう一つ、心配事がある。


「あの、ハンナさん大丈夫そう?」
「んー」


 気がそれたようで、御厨はまだ背面拘束を解かないまま、首をひねって溜息をついていた。

「別れようって、本気で考えてるみたいだよ。 納得してもらえるか不安だっていうから、とりあえず
 好きな人ができたって言わないと相手が諦められないっていう展開になったら、名前を貸すよとは言ったんだけどね」


 えっ、そんな程度の話だったのかよと放心しかけている私に、
「杉山が不愉快だったら横田の名前にしてもらうけど」、と続けてきたので慌てた。


「はっ? なんで私が不愉快になるわけ?」
「え? だって彼氏が名前だけでも他の女に使われたら、多少は嫌な気にならない?」
「ハンナさんに、そんな風になるわけないじゃん!」


 彼氏がどうとかそこらへんをスルーして一番反発を覚えた箇所に噛み付くと、
御厨の涼しげな顔がとたんに笑み崩れたので再度焦った。
子供みたいに嬉しそうで、なおかつひどく誇らしげなその蕩けた表情に思わず見惚れたのは内緒だ。


「うん。 杉山はいい子だよね。 さすが俺の彼女」


 バカか、私は。

 今が「つきあってるって言ったって私達まだ全然そういう関係じゃないし、御厨いいから本気でハンナさんに行っちゃえば」
って言うすごいチャンスだっただろ!

 いや、だめだ。
 御厨はあの交際しましょう宣言のほんの二、三日前まで、えっちをこの部屋でしてた訳で。
 そう考えると、おそらくはその人と完全に切れてるとは云い切れない。
 そんな状況の御厨をパスして、その女とハンナさんが鉢合わせでもして揉めんのも困る。
 


「はい、ドライヤー」

 全身で葛藤中でいる間に、体がやっと離れたかと思ったら素早くドライヤーを手渡されて
難しい顔でそれを受け取った。
一体、どうやったら御厨と険悪にならずに自然消滅できるんだろう。
私のその表情に気づいたらしく、御厨が懸念の色を浮かべてきた。

「どうした?」
「ううん。 これ、デッカイね……いや別に不満があるわけじゃないんだけど」

業務用のだからと言われ、「ふうん」とどうでもいい会話をしていたら
ハンナさんがトイレから静かに出てきて笑いかけてきた。

 またちょっとトイレで泣いてきたみたいで、目のまわりがこすった後でいっぱいに赤くなっていて、
なんだか私まで鼻がつんとしてしまい、慌てた。

「は、ハンナさん。 ちょっとドライヤーするからうるさいよー。 ごめんね」
「ワタシがしてあげマス」

エッと慌てたが、コンセントに差し込んでくれて、
本当に髪にドライヤーを当ててくれ始めた。
優しい手つきにくすぐったくなって正座で恐縮し照れていたら、
そんな顔を面白そうに御厨がのぞいているのに気がついた。

「何よ」
「なんでそんな恐縮してんの。 なんかそのフリースがモコモコしてるから、羊みたいに見える」
「そんなに大人しく見える?」
「姿だけな」

ドライヤーの轟音に負けじと大声で会話する私と御厨を、ハンナさんは後ろでずっと笑っていた。

「ハイ、出来マシタ」

ありがとう、と頭を下げて一緒にコタツに滑り込んだ。

 御厨のお手製の雑炊は土鍋いっぱいだったので、遠慮せずどんどんお代わりが出来て嬉しかった。
今頃横田どうしてるんだろうね、電車かなとか話しながら食事をして過ごし、
あえて誰も昨夜の件には触れずにいた。
今年も今日で始まったわけで、幸先を予感できるかのように食べたらまた眠くなる私であった。

 ちょっとうとうとして、気がついたら横にうるさい横田が座っていて仰天した。

「あんたいつ来たの」
「お前は。 正月そうそう、何でそーなんだよ」

 まずは一番に<あけましておめでとう>だろー?
と、どこまでもズレてる性格のくせに非常に上機嫌な横田であった。






あけましておめでとうございます
(投石不可でございます)

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